元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
ドナウ川で私を拾い、私に新しい名前と第二の人生をくれた人。今度こそ心の底から信頼できて尊敬できるボスに尽くせるって思ったのに。
どんなに私が嫌悪しようと、このだらしない貞操観念がこの世界の『普通』なのだから納得しなくてはいけないとは分かっている。
けど、私にとってクレメンス様はとても、とても特別な人なのだ。彼が爛れた夜を過ごすことなど、知りたくなかった。
「クレメンス様の馬鹿……」
もう一度呟いて、私は懐中時計のリボンについたフォブを握りしめる。
今日はせっかく夢がひとつ叶ったおめでたい日だというのに、私は最悪な気分のまま着替えもせずベッドで不貞寝するという夜を迎えてしまった。
翌日。
午後からホーフブルクの宰相官邸に戻るため、私とクレメンス様とゲンツさんは一緒の馬車に乗って移動していた。
私的な感情をあまり引きずりたくないけれど、どうしても向かいの席に座るクレメンス様の顔が直視できない。
窓の外を眺めながら黙りこくってると、クレメンス様が怪訝そうな声で尋ねてきた。