元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
 
いつも冷静なクレメンス様の感情を大きく揺らす人物は、このウィーンにひとりしかいない。

私は乾いた喉に唾を呑み込んでから、おそるおそる尋ねた。

「彼が……ナポレオン二世、ライヒシュタット公……ですか?」

聞きながら、私は心のどこかで分かっていた気がした。

本宮殿に住む不思議な少年。誰より高貴で人を惹きつけてやまない魅力に溢れながら、ウィーンに、ホーフブルクにいることに違和感を覚えずにはいられなかった存在。

彼に注目したままクレメンス様が微かに頷いたのを見て、私の中のパズルのピースがピタリとはまったのを感じた。

ナポレオンが失脚して十年が経とうとも、ライヒシュタット公に引き継がれたフランス英雄の魂は色褪せない。それが彼を誰より気高く見せ、そしてこの敵国オーストリアの空気には決して染まらない異質な存在にさせていたのだ。

ライヒシュタット公は要人らと挨拶を交わしながら、やがて私たちの前までやって来た。

敵を値踏みするような緊張感を醸し出していたクレメンス様は、いつもの穏やかで理知的な宰相の顔になり、ライヒシュタット公と和やかに笑い合う。
 
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