元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
「もう嫌! もう嫌よ!! 私はフランスに行きたくない! どうして青い血を引く私があんな男に蹂躙されなければならないの……!?」
息を荒げ気持ちを昂らせたパルマ公は、両手で顔を覆うと意味の分からないことを叫び出した。その様子の異様さにギョッとしていると、ナイペルク夫人が慌てて彼女の頭を胸に抱きしめ「大丈夫、ここはフランスではありませんよ。大丈夫、大丈夫です」と宥めた。
ナイペルク夫人の胸に抱かれたまま、パルマ公はしばらく「フランスは嫌……フランスは嫌……」と繰り返して泣いていた。
やがて落ち着いたのか、彼女は脱力したようにそのまま黙ってしまった。静まり返った馬車で私はどうすることもできず、ただその光景を眺め続ける。
「……『コンピエーニュの騒動』をご存知ですか?」
囁くような声で私に話しかけてきたのはナイペルク夫人だった。驚いたけれど私はやっと落ち着いたパルマ公を刺激しないように、無言のまま首を横に振る。
「1810年三月二十七日。フランスに輿入れすることになったマリー・ルイーゼ様は、コンピエーニュの宮殿で初めてナポレオンに会う予定でした。ところがあの粗暴な男は自分が待ちきれないからと言って儀式の手順をすべて無視し、宮殿に向かっていた輿入れの馬車を強引に停車させるとマリー・ルイーゼ様をさらっていってしまったのです。そしてそのまま宮殿の寝室に連れ込み、マリー・ルイーゼ様を力づくで“妻”にしてしまいました」
あまりにひどい顛末に、私は言葉もなく目を瞠った。
オーストリアは伝統と儀礼を重んじる国だ。ましてやそれが大国同士の結婚式ともなれば、儀式の重大さは誰しも骨身に染みているだろう。
それらを破り、神様に結婚を誓う前の花嫁を力づくで抱いてしまうなど、オーストリアを侮辱しているとしか言いようがない。結婚が破談になり国同士が大砲を向け合う事態になってもおかしくない出来事だ。
そうならなかったのは当時オーストリアが対フランスの敗戦国だったこと、そして凌辱されたマリー・ルイーゼ王女に恥を掻かせないよう騒ぎにしなかったからに違いない。