元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
「マリー・ルイーゼ様は幼少の頃からナポレオンは悪魔だと教えられて育ってきました。フランス軍がウィーンに攻め込んできて王宮を追われたことも一度ではありません。そんな相手に、国のためとはいえ嫁がされるだけでも屈辱と恐怖でいっぱいだったのに、あの男はマリー・ルイーゼ様にさらに消えない傷を負わせたのです。心の準備もないまま、受け継がれてきた伝統も儀式も踏みにじられ、青い血を汚されて……当時十八歳だったマリー・ルイーゼ様がそのときどれほどの苦痛を味わったのか、どうかお察しください」
例え結婚相手とはいえ、性的暴行は起こり得る。それは十九世紀でも二十一世紀でも同じことだ。
国のために人身御供となり泣く泣くフランスへ嫁いでいった彼女の心は如何ばかりか。さらに憎しみと恐怖の対象だった夫に無理やり身体を開かされ――。
あまりに残酷なその顛末に、同じ女性として怒りでこぶしが震えてくる。
「マリー・ルイーゼ様にとってフランスに嫁がれていた地獄のような四年間は、今でも癒えない深い傷となって残っているのです。ですからどうか……マリー・ルイーゼ様を責めるようなことはなさらないでください」
「でも」と言いかけて、私はためらって口を噤んだ。
――ライヒシュタット公は……パルマ公にとって目を背けたい傷なのですか……?
胸に湧いた問いは、聞くまでもないと思った。答えはもう出ている。
実の息子にあれほど乞われても応えることができないのだ。彼が――屈辱の日々の産物であるがゆえに。