元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
 
クレメンス様は持っていた羽ペンをインク壺に刺してから、私の方に顔を向け「どうぞ」と言葉を促す。

「……ゾフィー大公妃殿下のお子様のことですが……どうか大公妃殿下ご自身の手でお育てできるよう計らってはいただけないでしょうか?」

緊張を押し殺し思い切って願い出ると、クレメンス様はまるで「やれやれ」と言わんばかりに大きく息を吐いた。

私は以前クレメンス様が言ったことが気になっていた。ゾフィー大公妃に子が産まれたら早めに適切な傅育官に教育を任せる、と。

国やその時々の王家の方針にもよるけれど、王族の子は基本的に母親だけではなく乳母や傅母、養育係、傅育官、家庭教師等、大勢の人に育てられる。

母親が強い力を持っており自分の手で育てたいと望めば幼少期は普通の親子のように共に過ごせるし、傅育官や家庭教師も母親の意思で決めることができる。けれどその逆も然りで、宮廷内での権力や立場が弱ければ子供を取り上げられてしまうことも多い。ひどいと時々顔を合わせる赤の他人みたいな母子になってしまうのだ。

私はゾフィー大公妃と子供をそんな関係にしたくないと思う。あんなに子が産まれるのを楽しみにし、自分の手で育てることを夢見ているのだ。それを無理やり引き離すことが正しいとは、とても思えない。

(ゾフィー大公妃の子を、ライヒシュタット公みたいに寂しい子にしたくない。大人の都合で子供が母親の愛に飢えるなんて、間違ってるに決まってる)

そう思って強い意志を籠めてクレメンス様に対峙するものの、彼は呆れたように顔を背け、椅子から立ち上がって窓際へと歩いていった。
 
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