元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
 
ライヒシュタット公が幼い頃から軍人に憧れていることは、宮廷人ならば誰しもが知っている。あれだけ鍛錬を積み、有能な軍人になるであろう王子を飼い殺す気かと、クレメンス様に対しての批判まで出るようになったのだ。

フランツ一世皇帝陛下は悩んだ。宰相であるクレメンス様の主張はもっともであるけれど、祖父として孫の努力と才能を見て見ぬふりはできない。

どちらにしろハプスブルク家の男子は必ず軍人として隊を持つのが習わしとなっている。正当な理由もなくライヒシュタット公だけ免除する訳にもいかず、結局ライヒシュタット公が十六歳になったこの夏、大尉叙任の運びとなった。

ライヒシュタット公を父親と同じ軍人にしてしまった。しかもこのタイミングで。

これはクレメンス様にとって、そしてウィーン体制にとって大きな痛手だ。そして……ゾフィー大公妃の計画にクレメンス様が一敗を期した出来事でもあった。

ヨーロッパの宰相といわれた男が、てんで子供だと思っていた大公妃に出し抜かれ痛手を負うなど、誰が予想したであろうか。

これにはクレメンス様はもちろん、ゲンツさんも随分と渋い表情を浮かべていた。

『陛下が決められたことだ。私にそれを覆す権限はない。……たかが階級が与えられただけだ、焦ることはないさ』

今日の叙任式に向かう前、クレメンス様が言っていた台詞を思い出す。

おそらくクレメンス様は、すでに次の一手を打っているはずだ。……そう。例えば、ライヒシュタット公爵を名乗りながら彼がライヒシュタットの地を踏んだことがないように。名ばかりの大尉で戦場どころか司令部にだって出さないことはできる。

あくまで階級を与えられただけ。ライヒシュタット公の扱いはきっと今までと変わらず籠の鳥のままのはずだ。
 
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