元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
三月十四日。
その日は冷たい雨が降っていて、鳥肌が立つような妙な寒さが漂っていた。
「どうして!? どうしてなのです!?」
ホーフブルク本宮殿の広間では、王宮に似つかわしくない、なりふり構わない悲痛な叫びが響いていた。
「プラハ軍勤務はハプスブルク家の慣例でしょう!? なのにどうして……!? ハンガリー第六十連隊だなんて!」
異様な光景だった。
激昂したゾフィー大公妃は掴みかからん勢いで皇帝陛下に詰め寄り、姉である皇后陛下と侍従達に身体を押さえられ宥められている。
その隣ではライヒシュタット公が悪夢でも見ているような瞳で愕然としており、立ち尽くしていた。
ライヒシュタット公の軍務辞令発表の日。フランツ一世皇帝陛下は彼にプラハ勤務ではなく、ハンガリー第六十連隊大隊長を任じた。
ハンガリー連隊とは言っても司令本部はウィーンのアルザー通りにある。つまりライヒシュタット公は……軍人としてもオーストリアから出ることを許されなかったのだ。
しかもプラハ勤務と同時に与えられるはずの大佐への昇進もなかった。
国王としても軍人としてもオーストリアを出ることを許されず、鷲の子の翼は完全にもがれた。
どんなに世界中から乞われても、どんなに天性の魅力があろうとも、どんなに努力し常人を超える能力を身につけたとしても。
彼は飛び立てないのだ。この、オーストリアという呪われた鳥籠から。