元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
「フランソワを行かせて! 彼をプラハへ行かせてあげて! もういいでしょう!? フランソワは充分我慢したわ! ずっとずっとこんな薄暗い王宮へ閉じ込められて……っ! お願いよ、彼を解放してあげて!!」
綺麗な顔を涙で汚しながら、ゾフィー大公妃が叫ぶ。
この辞令がどれほど残酷か、皆も口には出せないけれど分かっているのだろう。ゾフィー大公妃を宥める皇后陛下も、この場に同席したライヒシュタット公の傅育官達も、皇帝陛下でさえ苦しそうに眉を顰め口を引き結んでいた。
「今、ライヒシュタット公爵閣下を国外に出すことがどれほど危険か。聡明な大公妃殿下ならばお判りでしょう」
ゾフィー大公妃の吠えるような訴えに、聞き違いかと思うほど柔らかな声で返したのは……私の隣に立つクレメンス様だった。
「お優しい大公妃殿下が甥っ子であるライヒシュタット公爵閣下をたいへん慮っていることは存じております。けれど今、ヨーロッパは非常に騒がしい状態です。我々の目の届かないところで公爵閣下に接触しようと手ぐすね引いている輩はごまんといるでしょう。そう、例えば――公爵閣下にボナパルティズムを植えつけようとしたお友達のように」
ニコリとクレメンス様の口角が上がったのを見て、ゾフィー大公妃の顔色が変わった。彼は暗に言っているのだ。『あなたが余計なことを企てたせいで、ライヒシュタット公は本来与えられるはずだった自由を奪われたのですよ』、と。
「皇帝陛下は公爵閣下の身に危険が迫ることを案じて、このようにご決断なさったのです。ご令孫を思いやる皇帝陛下の深い御心を、我々も理解せねばなりません」
まるで舞台に立つ役者のように両手を広げゾフィー大公妃に語ったクレメンス様の姿を見て、私は「嗚呼」と心の中で呻く。
――この世界には、神に愛される英雄という存在がいる。
その者が自分の使命に目覚めるとき、世界は彼の足もとにひれ伏すしかないのだ――ただし。
英雄はひとりとは限らない。
ここにもいたのだ。かつて大空を獰猛に羽ばたいた鷲の翼に、一矢を打ち込んだ英雄が。
鷲の子は翼をもがれる。父と同じように。権力でも軍事力でもなく、ヨーロッパを頭脳で支配したこの男に。