元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
「折り入って、申し上げたいことがございます」
その日の夜。私は宰相公邸のクレメンス様の私室である書斎を訪れた。
私が部屋に入ってきたにも拘らず、クレメンス様は窓際に立ち、ジッと雨の降りしきる外を眺めている。
朝から降り続いている雨はますます勢いを増し、地面や木の葉にぶつかって騒がしいほどに雨音をたてていた。
「ライヒシュタット公爵がプラハで軍務につけるよう、どうかクレメンス様から皇帝陛下に誓願を上奏なさってください」
私の声が聞こえているはずなのに、クレメンス様は窓の外を眺めたまま微動だにしない。
「情勢が不安定だというのでしたら、今すぐでなくとも構いません。どうかライヒシュタット公爵の……あの子の生きる希望を、奪わないであげてください」
必死に懇願する声が、涙で掠れそうになる。
あれから寝室に運ばれたライヒシュタット公は宮廷侍医の診察を受けながら、涙を零して言ったそうだ。
『僕の人生は始まる前に終わるんだ』と。
彼は知っていた。自分の身体が肺結核という不治の病に侵され、長くは生きられないことを。
そしてきっと、彼を愛するゾフィー大公妃も。
だからこそ彼女はこんなにも早急にライヒシュタット公を自由にさせようと躍起になっていたのだ。