元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
七月。
ウィーンに死の風が吹き荒れた。
ペルシャやポーランドで流行していたペストが、ボヘミアを伝わってウィーンにもやって来たのだ。
ちょうど夏季ということもあったが、皇帝一家と主な宮廷官達は皆ウィーン中心部にあるホーフブルクから郊外のシェーンブルン宮殿へと避難していた。
ところが、ライヒシュタット公だけがホーフブルクに近いアルザー通りの兵舎から頑なに避難しようとしなかったのである。
ゾフィー大公妃はもちろん、皇帝陛下も何度も彼にシェーンブルンに来るよう伝えた。
そもそもライヒシュタット公は肺の病が原因で健康に支障をきたしている状態なのだ。
ラデツキー将軍が画策した通り、六月にホーフブルクで行われたとある葬儀でライヒシュタット公は行進の指揮を執った。公式儀式の指揮官である。大勢の市民と皇帝一族が見守る中ライヒシュタット公は堂々と指揮官を務めあげたけれど、止まらぬ汗と掠れた声で掛け声を叫ぶその姿は、とても健康な人間のものには見えなかった。
けれど、大きな責任ある軍務をこなしたのだから、心おきなく休暇に入るのだとばかり思っていたラデツキー将軍と皇帝陛下の読みは外れた。
ライヒシュタット公は夏季休暇を取って王宮に帰るどころか、ペストの流行が広がってもアルザー通りの兵舎から帰ろうとはしなかったのだから。
「指揮官たる私が、部下を残し兵舎を離れる訳にはいきません」というのが、ライヒシュタット公の主張だった。