元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!
もとの世界にいたときは多忙な生活の中、健康管理にも気を遣っていたものだ。暇を見つけてはジムに通っていたし、三食栄養バランスも考えて食べていた。おかげでここ数年、風邪ひとつひいていない。
「そうか、俺の杞憂だったみたいだな」
張り切って胸を叩いて言った私に、ゲンツさんは本当に安心したように言った。それを見てふと、メッテルニヒ邸でのやりとりを思い出す。
(そう言えば……『あの坊や』って誰のことだったんだろう。肺の病気がどうとか言ってたけど)
聞いてみたいけれど、あのときのメッテルニヒ様の様子を考えると、むやみに触れない方がいい話題なのは明らかだ。
でも、だからこそ気になってしまう。この国で宰相が避けたがっている話題ということは、間違いなく重要で国政に関わってくることに違いない。宰相秘書を目指す身としては、知っておきたいところだ。
「あの……ゲンツさん。さっきクレメンス様と話していた『あの坊や』って……誰のことなのか聞いてもよろしいですか?」
これで断られたら深追いしないでおこうと思ったけれど、ゲンツさんは意外なほどあっさり答えてくれた。ただし、少し声を潜めて。
「ああ。チビナポ……ライヒシュタット公のことだよ」
「ライヒシュタット公?」
誰のことだろう。記憶の糸を辿ってみるけれど、世界史に出てきた覚えがない。
するとゲンツさんは、口角を持ち上げ皮肉な笑みを浮かべて言った。
「オーストリアの抱える驚異の卵だ。天使が生まれるか悪魔が生まれるか――メッテルニヒが一番恐れている存在だぜ」