ハイリスク・ハイリターン
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「お疲れ様です。お先に失礼します」
そう上司に告げて、カツン、と。
履き慣れたパンプスを鳴らし会社から一歩、足を踏み出した。
私の吐く息が、外の冷たい空気に溶ける。
見上げた先では、小さな星がちらほらと散りばめられた夜空が広がっていた。
それを数秒見つめてから、また一歩。
帰ろうと前をむいたとき。
会社から駅に向かう途中の街路樹。
そこに立つ、見慣れたひとつの姿を認めた。
――…嗚呼、なんで。
なんで見つけてしまうんだろう。
眠らない街の雑踏の中で、思わず立ち止まる私を心底嫌そうに避けていく人の流れ。
家路を急ぐ人たちの邪魔をしているのはわかっていた。
わかっているのに、足が地面に縫い付けられたように動けなくて。
ふと、こちらに視線を寄越したその人は、言う。
「朔」
耳に随分と馴染んだその声色で、私の名を。