小さな傷
ある夜残業をしていた時
「遅くまでお疲れ!」
といって私のデスクにポンと缶コーヒーを置いてくれた。(しかも私が好きで飲んでいる銘柄をちゃんと覚えてくれていた)
そして、隣に座って、しばらくは仕事の進捗を話していたが、
「どうかな。今日はその辺にしてよかったら飯でもいかない?」
と誘ってくれた。
ちょうど、『母への監視』当番は妹の週だったので、たまにはいいかな、と思って、先輩の誘いに乗った。
会社の近くで、お昼のランチでは、よく利用していたが、夜はちょっと高級になるので行ったことがなかったイタリアンレストランに連れて行ってくれた。
私が「ワイン好き」ということはすでにリサーチされていて、好きなものを飲んでいいと言われ、嬉しくなってしまい、思わず飲みすぎてしまった。
そして、今まで誰にも話したことがなかったここ2年くらいの出来事をとくとくと語ってしまった。
正直酔っ払っていたので、かなり訴えるような口調になってしまい、酔いが覚めてから思い出して赤面してしまったが、そんな愚痴にも先輩は時に微笑み、時に心配そうな顔をして一生懸命聞いてくれた。
それが、なおさら嬉しくて、不覚にも涙を流してしまった。
先輩はさりげなくハンカチを出してくれて、涙をぬぐい、そのあとそっと私の頬にその大きく暖かい手を当てて、
「大丈夫、きっとこれからはいいことがあるよ。」
と言ってくれた。
もちろん、この言葉には何の根拠もなかったので、もし、シラフだったら「何を無責任なことを」と反発していたかもしれなかったが、その大きく暖かい手に抱かれているような感覚もあって、その言葉が妙に信じられた。
そして、そのままどちらが同意したわけでもないのに、ネオンの中に足を踏み入れていた。
いざホテルの前に来たときだけは一瞬ためらったが、肩をそっと抱かれ、スッと導かれるように入ってしまった。
入室してからもしばらくどうしていいかわからず、部屋の中で立ち尽くしてしまった。
もちろん、こういう場所に来たのが初めてというわけではなかった。
恥ずかしいというよりは、本当にどうしていいかわからないというのが正直なところだった。
ボーっとしていると、彼が再びやさしく後ろから肩を抱き、くるりと自分の方へ向き直させると、瞬時に唇を奪われた。
驚いている間も無く、唇から熱い感覚が、首を伝い、胸のあたりに熱が広がると、そのままおへそのあたりまで、まっすぐその熱が下がってきて、いちばん敏感なところが、じんわりと熱くなるのを感じた。
そして、急にその熱が足の力を奪い、私は、彼の胸に身を委ねるように倒れこんでしまった。
そのまま、ゆっくりベッドに連れて行かれ、寝かされ、彼が上から覆いかぶさってきた。
「ちょっと待ってください。」
かろうじて声を絞り出した。
彼の動きが瞬間止まった。
「どうしたの?」
彼が私の顔を覗き込むように聞いてきた。
「あの、お風呂に…」
「あ、そうか、そうだね。わかった。先に行っておいで。」
彼はやさしく私の身体を抱き起こすと、そっと背中を抱いて洗面所まで連れて行ってくれた。
そしてにっこりと微笑むと後ろを振り返り部屋の奥へ消えて行った。
しばらく、服を脱ぐこともできず、まるで思考が停止したようになってしまった。
フッと我に返った時、洗面所の大きな鏡に自分の姿が映っていることに気づいた。
顔が、青ざめていた。
先ほどまで飲んでいたワインはすっかり冷めたようだ。
もう一度考えた。
このまま流れに任せてこれから起こることを受け入れていくべきか。
なんとなく勢いのままここまで来てしまった。
このあと、後悔はしないか。
自分の鏡に映った顔に問いかけた。
「わからない。」
深いため息をついた。
目をつぶり、もう一 度深呼吸をした。
「よし。」
小さくつぶやくと着ている服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
部屋に戻ると、ソファに彼が座り、こちらをゆっくりと見て
「僕も行ってくる。」
そう言うとバスタオル一枚で立っている私の横をすり抜け洗面所に向かった。
さっきよりは少し落ち着いて、ベッドに座った。
彼がシャワーを浴びている音を聞きながら、何故か父のことを思い出していた。
口うるさく頑固で、私たち姉妹には虐待まがいのことまでしていた父ではあったが、いなくなって清々すると思ったのとは裏腹に、お腹の中にポッカリと大きな穴が空いたような喪失感は、あの日から、そのまま続いていた。
「お待たせ。」
彼が上半身裸で、腰にバスタオルを巻いた姿で現れたのを見て、再び現実に引き戻された。
「いい?」
私が座っている横にそっと腰掛けると、素肌を晒している肩を抱き、彼が言った。
コックリと頷くとそのままベッドに倒れこみ、再びキスをされ、今度は首筋に彼の唇が移動をして、肩をそしてデコルテに優しくキスの雨を降らしていた。
その時にはもう、少し意識が遠のいて、自分の口から吐息と小さな声が漏れていた。
いつの間にかバスタオルは剥がされ、彼の前ですべてを晒していた。
彼も一糸纏わぬ姿になり、私の背中に手を回し、力強く私を引きつけながら、胸の敏感なところを舌で転がすように愛撫していた。
私の吐息は一層激しくなり意識せずに彼の頭に手を回し髪の毛の中に指を滑り込ませていた。
そして、彼の指が私の一番熱いところに達するともう、ほとんどの理性は消えて、体をよじり、自らも快感を求めるように彼の指を導いていた。
「いいかい?」
彼の言葉に頷くと、おもむろに私の身体を開き、その中心を目指して彼自身が入り込んできた。
「あっ!」
今までより大きな声を発してしまったが、もう、恥ずかしいという気持ちではなく、彼を受け入れた喜びに身体が反応をしていた。
「大丈夫?痛くない?」
彼が耳元で吐息と共に言葉を発した。
私は再び頷くだけだったが、それを合図に彼の動きが激しくなり、私もその波に拐われていった。
すごく久しぶりのことなのに、身体はしっかりと反応をして、彼が果てる少し前に絶頂を迎えることができた。
激しい吐息を整えながら、彼は終わったあとも、私の身体をしっかり抱いて、耳元、首筋と優しく唇を這わし、最後にゆっくりと唇を重ねて、私の目をじっと見つめてくれた。
「ちょっと、頑張りすぎた。」
微笑みながら言う彼がすごく可愛く感じ、私も自然に笑うことができた。
翌日、会社に行くと、既に彼は席でパソコンに向かい仕事を始めていた。
私が机を挟んで通り過ぎようとすると、チラっとこちらを見て
「おはよう!」
と明るく挨拶されたので、反射的に
「おはようございます」
と言い返したが、彼の目を見ることは出来なかった。
自席についてからも、顔が熱くなっているのが、自分でもわかった。
「由緖、昼行く?」
声をかけられて我に返った。
午前中はボーっとしている間に終わっていた。
「ちょっと由緒?聞いてるの?」
「え?あぁ、ごめんなんだっけ?」
「もう、どうしたの?朝からずっとぼーっとしてたみたいだし…なんか悩み事?」
「ううん、別になんでもないよ。」
「そう…でも、なんかあったらすぐ言いなよ。友達なんだから。」
「うん、ありがとう。」
私は昔からそうだ。
親しいと思ってくれている友達にさえ、本音は言わない。
ましてや自分の悩み事など一切言ったことがない。
だからいつも
「由緒は悩みがなくていいわよね。」
とからかわれる。
もちろん悩みがない人間なんていないことは誰もがわかっているが、その上で何も言わない私のことを誰もが
「強い女」
と思っている。
でも、本当は人一倍さみしがり屋で人の言動を気にしていて、そのくせ虚勢を張って
「大丈夫」
という素振りだけをみせる。
本当はただの
「 弱い女」
”今夜の予定は?”
彼からのメール
その日は私が母の監視当番だった。
”すみません。今夜はちょっと予定があります。”
本当は逢いたくて仕方なかった。
きっと避けてると思われてもう誘ってもらえない。
”そう、じゃあ明日は?”
誘ってくれた。
”明日なら大丈夫です。”
明日はたまたま妹が都合で変わってほしいと言われて当番を譲っていた。
そうして彼と待ち合わせの時間と場所を決めた。
翌日
「お待たせ」
彼が後ろから声をかけてきてドキッとして振り返った。
「ん?なに?そんなに見つめて…なんか顔についてる?」
「あ、いえ、ごめんなさい。つい見とれちゃったんです。」
「え?見とれた?うれしいなぁ。光栄なことだね。」
彼は笑いながら答えた。
今日は会社から少し離れたところまで来て食事を始めた。
前回とは違い創作日本料理の店で、懐石のような感じだけどカジュアルな雰囲気のあるお店だ。
このくらいの年代の人はやっぱり落ち着く。
お店選びもちゃんと考えて飽きさせないし、そこへのエスコートもスマートでやきもきすることはない。
同年代の男子とは違う。
それに絶対にお金を出させない。
最近の20代、場合によっては30代でも割り勘が当然で、女子に出させる輩もいると聞いて驚くが、この年代の人は
「女に払わせるなんて」
という意識が強いらしく、以前別の男性に支払いの時、自分の分を払おうとしたら
「恥ずかしいことしないで」
と窘められてしまった。
それ以来、相手がおごるつもりの時は何も言わず従ってあとできちんと御礼を言うことにしている。
その方がお互いに気持ちよく過ごせるからだ。
「ごちそうさまでした。」
きちんとお礼を述べると、
「どういたしまして。おいしかった?」
「はい、とっても。すごくいい雰囲気なのに料理が気取ってないから食べやすくて、ついお酒も進んじゃいました。」
そういうと両方の頬に手を当て、酔った感じをアピールした。
自分でも『あざとい』と思ったが、情報サイトのよくあるランキングで
「男性が女子をかわいいと思う瞬間」
というのがあって、一位は
「気持ちを素直に出す」
だったことを思い出し、ちょっとぶりっ子とをは思ったが、あえてしてみた。
するとその”誘い”にまんまと(いや、わかっていて)乗ってきて、そっと肩を抱きしめられ、裏通りの人気のないところで、スっとキスをされた。
やっぱり大人のエスコートだと心から酔いしれた。
そして、もうわかっているかのように、そのままホテルに入り、ドアを閉めたとたんに、さっきの優しいキスとは違う、荒々しい、でも愛を感じるキスを降らせてきて、そのままシャワーを浴びることもなく、すべてを晒されて、彼の好きなように貪り喰われた。
しかし、その荒々しさがかえって燃えさせ、自ら彼自身を求めている自分に気づき、終わった後、相当の恥ずかしさを感じた。
「遅くまでお疲れ!」
といって私のデスクにポンと缶コーヒーを置いてくれた。(しかも私が好きで飲んでいる銘柄をちゃんと覚えてくれていた)
そして、隣に座って、しばらくは仕事の進捗を話していたが、
「どうかな。今日はその辺にしてよかったら飯でもいかない?」
と誘ってくれた。
ちょうど、『母への監視』当番は妹の週だったので、たまにはいいかな、と思って、先輩の誘いに乗った。
会社の近くで、お昼のランチでは、よく利用していたが、夜はちょっと高級になるので行ったことがなかったイタリアンレストランに連れて行ってくれた。
私が「ワイン好き」ということはすでにリサーチされていて、好きなものを飲んでいいと言われ、嬉しくなってしまい、思わず飲みすぎてしまった。
そして、今まで誰にも話したことがなかったここ2年くらいの出来事をとくとくと語ってしまった。
正直酔っ払っていたので、かなり訴えるような口調になってしまい、酔いが覚めてから思い出して赤面してしまったが、そんな愚痴にも先輩は時に微笑み、時に心配そうな顔をして一生懸命聞いてくれた。
それが、なおさら嬉しくて、不覚にも涙を流してしまった。
先輩はさりげなくハンカチを出してくれて、涙をぬぐい、そのあとそっと私の頬にその大きく暖かい手を当てて、
「大丈夫、きっとこれからはいいことがあるよ。」
と言ってくれた。
もちろん、この言葉には何の根拠もなかったので、もし、シラフだったら「何を無責任なことを」と反発していたかもしれなかったが、その大きく暖かい手に抱かれているような感覚もあって、その言葉が妙に信じられた。
そして、そのままどちらが同意したわけでもないのに、ネオンの中に足を踏み入れていた。
いざホテルの前に来たときだけは一瞬ためらったが、肩をそっと抱かれ、スッと導かれるように入ってしまった。
入室してからもしばらくどうしていいかわからず、部屋の中で立ち尽くしてしまった。
もちろん、こういう場所に来たのが初めてというわけではなかった。
恥ずかしいというよりは、本当にどうしていいかわからないというのが正直なところだった。
ボーっとしていると、彼が再びやさしく後ろから肩を抱き、くるりと自分の方へ向き直させると、瞬時に唇を奪われた。
驚いている間も無く、唇から熱い感覚が、首を伝い、胸のあたりに熱が広がると、そのままおへそのあたりまで、まっすぐその熱が下がってきて、いちばん敏感なところが、じんわりと熱くなるのを感じた。
そして、急にその熱が足の力を奪い、私は、彼の胸に身を委ねるように倒れこんでしまった。
そのまま、ゆっくりベッドに連れて行かれ、寝かされ、彼が上から覆いかぶさってきた。
「ちょっと待ってください。」
かろうじて声を絞り出した。
彼の動きが瞬間止まった。
「どうしたの?」
彼が私の顔を覗き込むように聞いてきた。
「あの、お風呂に…」
「あ、そうか、そうだね。わかった。先に行っておいで。」
彼はやさしく私の身体を抱き起こすと、そっと背中を抱いて洗面所まで連れて行ってくれた。
そしてにっこりと微笑むと後ろを振り返り部屋の奥へ消えて行った。
しばらく、服を脱ぐこともできず、まるで思考が停止したようになってしまった。
フッと我に返った時、洗面所の大きな鏡に自分の姿が映っていることに気づいた。
顔が、青ざめていた。
先ほどまで飲んでいたワインはすっかり冷めたようだ。
もう一度考えた。
このまま流れに任せてこれから起こることを受け入れていくべきか。
なんとなく勢いのままここまで来てしまった。
このあと、後悔はしないか。
自分の鏡に映った顔に問いかけた。
「わからない。」
深いため息をついた。
目をつぶり、もう一 度深呼吸をした。
「よし。」
小さくつぶやくと着ている服を脱ぎ、シャワーを浴びた。
部屋に戻ると、ソファに彼が座り、こちらをゆっくりと見て
「僕も行ってくる。」
そう言うとバスタオル一枚で立っている私の横をすり抜け洗面所に向かった。
さっきよりは少し落ち着いて、ベッドに座った。
彼がシャワーを浴びている音を聞きながら、何故か父のことを思い出していた。
口うるさく頑固で、私たち姉妹には虐待まがいのことまでしていた父ではあったが、いなくなって清々すると思ったのとは裏腹に、お腹の中にポッカリと大きな穴が空いたような喪失感は、あの日から、そのまま続いていた。
「お待たせ。」
彼が上半身裸で、腰にバスタオルを巻いた姿で現れたのを見て、再び現実に引き戻された。
「いい?」
私が座っている横にそっと腰掛けると、素肌を晒している肩を抱き、彼が言った。
コックリと頷くとそのままベッドに倒れこみ、再びキスをされ、今度は首筋に彼の唇が移動をして、肩をそしてデコルテに優しくキスの雨を降らしていた。
その時にはもう、少し意識が遠のいて、自分の口から吐息と小さな声が漏れていた。
いつの間にかバスタオルは剥がされ、彼の前ですべてを晒していた。
彼も一糸纏わぬ姿になり、私の背中に手を回し、力強く私を引きつけながら、胸の敏感なところを舌で転がすように愛撫していた。
私の吐息は一層激しくなり意識せずに彼の頭に手を回し髪の毛の中に指を滑り込ませていた。
そして、彼の指が私の一番熱いところに達するともう、ほとんどの理性は消えて、体をよじり、自らも快感を求めるように彼の指を導いていた。
「いいかい?」
彼の言葉に頷くと、おもむろに私の身体を開き、その中心を目指して彼自身が入り込んできた。
「あっ!」
今までより大きな声を発してしまったが、もう、恥ずかしいという気持ちではなく、彼を受け入れた喜びに身体が反応をしていた。
「大丈夫?痛くない?」
彼が耳元で吐息と共に言葉を発した。
私は再び頷くだけだったが、それを合図に彼の動きが激しくなり、私もその波に拐われていった。
すごく久しぶりのことなのに、身体はしっかりと反応をして、彼が果てる少し前に絶頂を迎えることができた。
激しい吐息を整えながら、彼は終わったあとも、私の身体をしっかり抱いて、耳元、首筋と優しく唇を這わし、最後にゆっくりと唇を重ねて、私の目をじっと見つめてくれた。
「ちょっと、頑張りすぎた。」
微笑みながら言う彼がすごく可愛く感じ、私も自然に笑うことができた。
翌日、会社に行くと、既に彼は席でパソコンに向かい仕事を始めていた。
私が机を挟んで通り過ぎようとすると、チラっとこちらを見て
「おはよう!」
と明るく挨拶されたので、反射的に
「おはようございます」
と言い返したが、彼の目を見ることは出来なかった。
自席についてからも、顔が熱くなっているのが、自分でもわかった。
「由緖、昼行く?」
声をかけられて我に返った。
午前中はボーっとしている間に終わっていた。
「ちょっと由緒?聞いてるの?」
「え?あぁ、ごめんなんだっけ?」
「もう、どうしたの?朝からずっとぼーっとしてたみたいだし…なんか悩み事?」
「ううん、別になんでもないよ。」
「そう…でも、なんかあったらすぐ言いなよ。友達なんだから。」
「うん、ありがとう。」
私は昔からそうだ。
親しいと思ってくれている友達にさえ、本音は言わない。
ましてや自分の悩み事など一切言ったことがない。
だからいつも
「由緒は悩みがなくていいわよね。」
とからかわれる。
もちろん悩みがない人間なんていないことは誰もがわかっているが、その上で何も言わない私のことを誰もが
「強い女」
と思っている。
でも、本当は人一倍さみしがり屋で人の言動を気にしていて、そのくせ虚勢を張って
「大丈夫」
という素振りだけをみせる。
本当はただの
「 弱い女」
”今夜の予定は?”
彼からのメール
その日は私が母の監視当番だった。
”すみません。今夜はちょっと予定があります。”
本当は逢いたくて仕方なかった。
きっと避けてると思われてもう誘ってもらえない。
”そう、じゃあ明日は?”
誘ってくれた。
”明日なら大丈夫です。”
明日はたまたま妹が都合で変わってほしいと言われて当番を譲っていた。
そうして彼と待ち合わせの時間と場所を決めた。
翌日
「お待たせ」
彼が後ろから声をかけてきてドキッとして振り返った。
「ん?なに?そんなに見つめて…なんか顔についてる?」
「あ、いえ、ごめんなさい。つい見とれちゃったんです。」
「え?見とれた?うれしいなぁ。光栄なことだね。」
彼は笑いながら答えた。
今日は会社から少し離れたところまで来て食事を始めた。
前回とは違い創作日本料理の店で、懐石のような感じだけどカジュアルな雰囲気のあるお店だ。
このくらいの年代の人はやっぱり落ち着く。
お店選びもちゃんと考えて飽きさせないし、そこへのエスコートもスマートでやきもきすることはない。
同年代の男子とは違う。
それに絶対にお金を出させない。
最近の20代、場合によっては30代でも割り勘が当然で、女子に出させる輩もいると聞いて驚くが、この年代の人は
「女に払わせるなんて」
という意識が強いらしく、以前別の男性に支払いの時、自分の分を払おうとしたら
「恥ずかしいことしないで」
と窘められてしまった。
それ以来、相手がおごるつもりの時は何も言わず従ってあとできちんと御礼を言うことにしている。
その方がお互いに気持ちよく過ごせるからだ。
「ごちそうさまでした。」
きちんとお礼を述べると、
「どういたしまして。おいしかった?」
「はい、とっても。すごくいい雰囲気なのに料理が気取ってないから食べやすくて、ついお酒も進んじゃいました。」
そういうと両方の頬に手を当て、酔った感じをアピールした。
自分でも『あざとい』と思ったが、情報サイトのよくあるランキングで
「男性が女子をかわいいと思う瞬間」
というのがあって、一位は
「気持ちを素直に出す」
だったことを思い出し、ちょっとぶりっ子とをは思ったが、あえてしてみた。
するとその”誘い”にまんまと(いや、わかっていて)乗ってきて、そっと肩を抱きしめられ、裏通りの人気のないところで、スっとキスをされた。
やっぱり大人のエスコートだと心から酔いしれた。
そして、もうわかっているかのように、そのままホテルに入り、ドアを閉めたとたんに、さっきの優しいキスとは違う、荒々しい、でも愛を感じるキスを降らせてきて、そのままシャワーを浴びることもなく、すべてを晒されて、彼の好きなように貪り喰われた。
しかし、その荒々しさがかえって燃えさせ、自ら彼自身を求めている自分に気づき、終わった後、相当の恥ずかしさを感じた。