小さな傷
「はい、もしもし?」
突然家電が鳴ったので、反射的に出てしまった。
「え?はい、父は上田宗吉ですが、え?!どこですか?市民病院ですね!はい、すぐ行きます。」
父がパチンコ屋で倒れたとの知らせが病院から入った。
詳しいことはわからないが、パチンコをしていて、当たらず癇癪を起こしたところ、急に椅子から落ちたらしい。
母を連れて行くのは難しかったため、急いでヘルパーに連絡をとり来てもらうことができた。
しかし、もうあれから30分も経ってしまった。
ヘルパーが来ると同時に家を飛び出し、大通りでタクシーを捕まえた。
「お父さん、無事でいて…」
「先ほど運ばれてきた上田宗吉の娘です」
病院の受付で告げるとすぐに看護師が来てくれて父のもとに案内してくれた。
連れてこられたのはICU(集中治療室)だった。
父が酸素マスクをされ点滴を打たれており、傍には心拍数や血圧を表す機械が一定のリズムで電子音を奏でていた。
「上田さんの身内のかたですか?」
中から医師が出てきた。
娘であることを告げると
「正直に申し上げますとかなり危険な状態です。いわゆる脳出血で頭の中の一番太い血管が破れてしまい、もう手術はできない状況です。あとは…どれくらい息が続くか、です。」
そう言うと、他に家族など会わせたい人がいるなら今のうちに連れて来るように告げられた。
急いで家に帰り母に
「お父さんが倒れて意識がないの。」
そう告げた。
恐らく反応はないだろう。そう思っていたところ
「え?!それで、お父さんはどこ?」
そう言われてこちらが驚いた顔をしてると
「春ちゃん!しっかりして、病院はどこやの?連れてって。」
促されるままに再度外出の支度をして、母にも着替えてもらい、タクシーを家まで呼んで母と二人乗り込んだ。
病院に着いて病室の前まで行くと母は人目も憚らず
「お父さん!しっかりしてや、まだ死ぬのは早いよ!」
そう叫んだ。
父の身体がわずかだが、動いた気がした。
その後病院には父の兄弟や親戚の親しい人が会いに来てくれたが、その間、母はしっかりと受け答えをして、別れ際には
「ありがとうございます。まだ、宗吉さんは大丈夫ですから。」
と言って気丈に振る舞っていた。
父が倒れて二日目の夜、急に容態が変わり、0時23分帰らぬ人となった。
二日後通夜が営まれ、その翌日に葬式が執り行われた。
喪主は本来母だが、やはりきついと思い私が務めることにした。
妹夫婦も来て式を取り仕切ってくれた。
葬式が終わり火葬場で最後のお別れをして荼毘に付されている間、母が呟いた。
「きっと…」
「え?なに?」
「きっと、お父さんはあの空から見守ってくれるわね」
「お母さん…そうだよ、きっとお父さんは見守ってくれてるよ」
「……」
母はにこりと微笑んで小さく頷いた。
その時、父があの世から母を正気にしてくれたのかもしれない。
と思って素直に父に感謝した。
翌日、朝食の後、縁側に座り込む母はしっかりとした目で庭先の蒲公英の花を見つめていた。
「春ちゃん、そろそろ朝ご飯にしておくれ。」
了
突然家電が鳴ったので、反射的に出てしまった。
「え?はい、父は上田宗吉ですが、え?!どこですか?市民病院ですね!はい、すぐ行きます。」
父がパチンコ屋で倒れたとの知らせが病院から入った。
詳しいことはわからないが、パチンコをしていて、当たらず癇癪を起こしたところ、急に椅子から落ちたらしい。
母を連れて行くのは難しかったため、急いでヘルパーに連絡をとり来てもらうことができた。
しかし、もうあれから30分も経ってしまった。
ヘルパーが来ると同時に家を飛び出し、大通りでタクシーを捕まえた。
「お父さん、無事でいて…」
「先ほど運ばれてきた上田宗吉の娘です」
病院の受付で告げるとすぐに看護師が来てくれて父のもとに案内してくれた。
連れてこられたのはICU(集中治療室)だった。
父が酸素マスクをされ点滴を打たれており、傍には心拍数や血圧を表す機械が一定のリズムで電子音を奏でていた。
「上田さんの身内のかたですか?」
中から医師が出てきた。
娘であることを告げると
「正直に申し上げますとかなり危険な状態です。いわゆる脳出血で頭の中の一番太い血管が破れてしまい、もう手術はできない状況です。あとは…どれくらい息が続くか、です。」
そう言うと、他に家族など会わせたい人がいるなら今のうちに連れて来るように告げられた。
急いで家に帰り母に
「お父さんが倒れて意識がないの。」
そう告げた。
恐らく反応はないだろう。そう思っていたところ
「え?!それで、お父さんはどこ?」
そう言われてこちらが驚いた顔をしてると
「春ちゃん!しっかりして、病院はどこやの?連れてって。」
促されるままに再度外出の支度をして、母にも着替えてもらい、タクシーを家まで呼んで母と二人乗り込んだ。
病院に着いて病室の前まで行くと母は人目も憚らず
「お父さん!しっかりしてや、まだ死ぬのは早いよ!」
そう叫んだ。
父の身体がわずかだが、動いた気がした。
その後病院には父の兄弟や親戚の親しい人が会いに来てくれたが、その間、母はしっかりと受け答えをして、別れ際には
「ありがとうございます。まだ、宗吉さんは大丈夫ですから。」
と言って気丈に振る舞っていた。
父が倒れて二日目の夜、急に容態が変わり、0時23分帰らぬ人となった。
二日後通夜が営まれ、その翌日に葬式が執り行われた。
喪主は本来母だが、やはりきついと思い私が務めることにした。
妹夫婦も来て式を取り仕切ってくれた。
葬式が終わり火葬場で最後のお別れをして荼毘に付されている間、母が呟いた。
「きっと…」
「え?なに?」
「きっと、お父さんはあの空から見守ってくれるわね」
「お母さん…そうだよ、きっとお父さんは見守ってくれてるよ」
「……」
母はにこりと微笑んで小さく頷いた。
その時、父があの世から母を正気にしてくれたのかもしれない。
と思って素直に父に感謝した。
翌日、朝食の後、縁側に座り込む母はしっかりとした目で庭先の蒲公英の花を見つめていた。
「春ちゃん、そろそろ朝ご飯にしておくれ。」
了