小さな傷
仕事が終わり帰ろうと思ったが、何となくすぐに帰るのは惜しい気がして、ちょっとだけ街をぶらついてみることにした。
街は春の装いで、あちらこちらがピンク色に染まっていた。
いくつかの路面店のウィンドウショッピングを楽しんでいた時だった。
「あのぉ、すみません。三山商事の糀谷さん…ですよね。」
「えっ?あ、はい、えーと、どちら様でしたっけ?」
「あっ、失礼しました。板倉物産の高富です。って言っても覚えていらっしゃらないですよね?」
「あー、板倉物産さんの…でも、ごめんなさい。御社からは色々な方がいらしてるので…。」
「ですよね。いや、私も伺ってからもうひと月以上経ってますし、お会いしたのは一度きりでしかもご案内をいただいただけで、言葉もろくに交わしてませんから。」
「あ、そうなんですね。お客様としてご案内したということですね。でも、よく名前まで覚えていてくださいましたね。」
「あー、いえ、あのぅ、名札!名札を拝見して珍しいお名前だったからなんとなく覚えて。」
「あー、はい、よく読めない方が多くて。よく、読めましたね。」
「あ、いや、実はその時は読めなくて御社の河上様に伺って知りました。」
「課長に聞かれたんですか?でも、なんで?」
「あー、はい、いや、んー…可愛らしかったから。」
「えっ?」
なんだか顔が熱くなった。
「あ、ごめんなさい。ほぼ初対面なのに、失礼なこと言って。でも、失礼ついでですけど…タイプなんで。あ、いや、すみません。」
「あは、はははは!」
大胆なことを言っておきながら狼狽える姿が可愛らしく思わず笑ってしまった。
そこで立ち話もなんだからと食事に誘われた。
近くにちょっと洒落た感じのイタリアンがあり、そこに入った。
「こっちのほうは?」
と言って、グラスを傾ける仕草をされたので
「あ、嫌いじゃないです。」
と答え、二人でワインのハーフボトルを頼んだ。
「あ。じゃあ、二人の出会いに乾杯!」
「プフッ!」
決してかっこ悪くはないのだが、なんかクールな感じじゃなく、可愛い系の顔立ちなので、そういう台詞が似合わなかった。
「ひどいなぁ、まぁ、自分でもキザな台詞が似合わないのわかってますけどね。」
少し膨れた感じで話した。
「ごめんなさい、そんなことないです。でも、高富さんて、どちらかと言うとちょっと可愛い系だから。」
「はぁー」
大きなため息をついた彼は
「それ、男としては、褒め言葉になってないですから。でも、いつもそういわれちゃうんですよ。」
ちょっと不貞腐れて言ったので
「いや、でも、母性本能くすぐるタイプじゃないですか。」
「えー、でも、もうちょい男らしく見られたいです。」
「んー、何がいけないのかなぁ。」
そう言って彼の顔をジッと見つめた。
彼が真っ直ぐに私に向き合う。
その目を見つめた時、なぜかこちらが恥ずかしくなった。
「えっ?なんですか?!思うところあったら言ってください。」
私が思わず目をそらしたことを何か思いついたと勘違いしたらしい。
「あ、ううん、あーえーと、髪型!髪型をもっと短髪にして上げてみたらどうですか。」
苦し紛れに適当なことを言って誤魔化した。
「髪型、ですか。でも、実は髪の毛柔らかくて、整髪料のハードでもピンとは立たないんですよ。」
真に受けたらしい。
「あー、でも、可愛らしいって言われて嬉しくない気持ち私もわかります。」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、私も自分で言うのはなんですけど、小動物系で可愛いとは言われるんですが、もっとこう女性として、みられたいです。」
「女性として?」
「はい、なんていうか、例えば色気があるとか、、」
「色気、充分あります。」
えっ?あ、ミリヤさんの化粧効果てき面
「女性として、可愛らしいだけじゃなく、色気もありますよ。」
「そうですかぁ、少し酔ってます?」
「いや、まだ半分も飲んでませんから、ほぼシラフです。」
「嬉しいです。あ、ところで高富さん、おいくつですか?」
「はい、32です。」
5つ上か。
「失礼ですが…。」
「27です。」
「あ、ちょーどいいですね。」
実は私も同じことを思ったが
「何がですか?」
ちょっといじわるしてみた。
「あ、いえ、なんとなく年齢的にっていうか。」
「あー。」
わざとらしい。
「じゃあご結婚は?」
わかっていたが、わざと聞いてみる。
「もちろん独身です。じゃなきゃこんな風に誘いませんよ。」
真面目なタイプ
「私もまだ、独身です!」
そう言ってワイングラスを掲げた。
そこに彼がグラスを合わせてきた。
「うふふ、出会いに乾杯ですね。」
「おはよ、ユウキ。ん?何?なんか機嫌よくない?」
すぐに態度に出るほうとは自覚している。
「バレた?ミリヤさんの占い、効果てき面!」
「え?なになに、なんかいいことあった?」
美希に昨日のことを話した。
「マッジでぇ?で、まさか昨日最後まで?」
「流石にそれは。でも、すっごくいい雰囲気でバイバイしたから、多分2回目のデートでは…。」
「うっそ、マジ羨ましい!やっぱ3カ月も待てないわ。」
「ごめんなさい。待ちました?」
「いや、全然、今来たとこだから。」
高富さん、ベタな台詞だけど、優しい。
「何食べたい?」
「あ、えーと、何となく和な気分です。」
「和ね。あーじゃあ、いいとこあるよ。」
連れていかれたのは、古民家のような作りの店だったが、中に入ると雰囲気は明治時代?を思わせるようなドラマのセットのような素敵な内装だった。
席は半個室みたいになっていて、周りや店員さんからも注文を取る時以外は見えない作りになっていた。
「飲み物は…やっぱ和だから日本酒いく?」
「あんまり飲んだことないんですけど…。」
「そう、じゃあ僕が決めていいかな。」
「あ、はい、お願いします。」
こういう時、年上は楽だ。ちゃんと引っ張ってくれる。
お酒が来て、例によって乾杯をして一口含んだ。
「わっ!おいしぃ!なんか日本酒とは思えない爽やかなワインみたいですね。」
「気に入ってよかった。そう、このお酒は吟醸酒なんだけど、フルーティな口当たりが女性にも飲みやすくて、受けてるみたいだよ。」
女性に受ける…ひょっとして高富さん、遊んでる?
「飲みやすいけど、飲みすぎて酔いやすいから気をつけてね。」
やっぱ紳士、無理やり酔わせようという作戦ではない。
しかし、念のため
「高富さん、このお酒、結構女性に勧めてるんじゃないですか?」
少し酔った風にして、切り込んでみた。
「え?どうかな。もし、そうだったら…妬く?」
「えっ?」
作戦を逆手に取られた。
顔が赤くなってるのが自分でもわかる。
「あれ、そのほっぺ、チークの赤さじゃないね。」
「知らない!」
恥ずかしさを誤魔化すため、怒ったフリをした。
「ごめん、からかいすぎた。でも、拗ねた糀谷さんも可愛いですよ。」
「もう!バカにしてますよね。」
「いいえ、本心です。」
なんか、もう「恋」だ。
このお互いを意識して、でも、子どもみたいにやりあう感じ。
完璧な「恋」だ。
「あ、この魚うまい!」
「え、そうなんですか?そっちにすればよかったかな。」
「はい。」
彼が自分の箸で私の方に魚の切り身を差し出した。
「あ、ありがとうございます。」
小皿で受ける。
一口食べる。
「ホントだ!美味しい!」
でも、その美味しさの半分は彼の箸から受け取った「間接キス効果」だった。
なんか、中学生の恋愛みたいで楽しい!
店を出て少し街をぶらついた。
「え、ホントですか?」
「ホント、ホント。マジだよ、この話は。」
「なんかまた、私を騙してからかおうとしてません?」
「違うよ、それに僕は君を騙したりしないよ。」
そういうとさっきまで柔らかな表情で笑顔だった彼が急に真剣な眼差しになった。
その瞳に吸い込まれそうだと感じた次の瞬間、彼に腰をグッと引き寄せられ、あっという間に唇を奪われた。
なかなかの早業だ。
しかも、スマート。
周りに少しだけ人がいたけど、それがかえって刺激に感じた。
「やだ、急に…。」
気持ちとは裏腹な台詞を言うと
「あ、でも、真剣だから。」
嬉しかった。
また、あの真剣モードの眼差しに捕らえられて、返事の代わりに自分から抱きついてしまった。
街は春の装いで、あちらこちらがピンク色に染まっていた。
いくつかの路面店のウィンドウショッピングを楽しんでいた時だった。
「あのぉ、すみません。三山商事の糀谷さん…ですよね。」
「えっ?あ、はい、えーと、どちら様でしたっけ?」
「あっ、失礼しました。板倉物産の高富です。って言っても覚えていらっしゃらないですよね?」
「あー、板倉物産さんの…でも、ごめんなさい。御社からは色々な方がいらしてるので…。」
「ですよね。いや、私も伺ってからもうひと月以上経ってますし、お会いしたのは一度きりでしかもご案内をいただいただけで、言葉もろくに交わしてませんから。」
「あ、そうなんですね。お客様としてご案内したということですね。でも、よく名前まで覚えていてくださいましたね。」
「あー、いえ、あのぅ、名札!名札を拝見して珍しいお名前だったからなんとなく覚えて。」
「あー、はい、よく読めない方が多くて。よく、読めましたね。」
「あ、いや、実はその時は読めなくて御社の河上様に伺って知りました。」
「課長に聞かれたんですか?でも、なんで?」
「あー、はい、いや、んー…可愛らしかったから。」
「えっ?」
なんだか顔が熱くなった。
「あ、ごめんなさい。ほぼ初対面なのに、失礼なこと言って。でも、失礼ついでですけど…タイプなんで。あ、いや、すみません。」
「あは、はははは!」
大胆なことを言っておきながら狼狽える姿が可愛らしく思わず笑ってしまった。
そこで立ち話もなんだからと食事に誘われた。
近くにちょっと洒落た感じのイタリアンがあり、そこに入った。
「こっちのほうは?」
と言って、グラスを傾ける仕草をされたので
「あ、嫌いじゃないです。」
と答え、二人でワインのハーフボトルを頼んだ。
「あ。じゃあ、二人の出会いに乾杯!」
「プフッ!」
決してかっこ悪くはないのだが、なんかクールな感じじゃなく、可愛い系の顔立ちなので、そういう台詞が似合わなかった。
「ひどいなぁ、まぁ、自分でもキザな台詞が似合わないのわかってますけどね。」
少し膨れた感じで話した。
「ごめんなさい、そんなことないです。でも、高富さんて、どちらかと言うとちょっと可愛い系だから。」
「はぁー」
大きなため息をついた彼は
「それ、男としては、褒め言葉になってないですから。でも、いつもそういわれちゃうんですよ。」
ちょっと不貞腐れて言ったので
「いや、でも、母性本能くすぐるタイプじゃないですか。」
「えー、でも、もうちょい男らしく見られたいです。」
「んー、何がいけないのかなぁ。」
そう言って彼の顔をジッと見つめた。
彼が真っ直ぐに私に向き合う。
その目を見つめた時、なぜかこちらが恥ずかしくなった。
「えっ?なんですか?!思うところあったら言ってください。」
私が思わず目をそらしたことを何か思いついたと勘違いしたらしい。
「あ、ううん、あーえーと、髪型!髪型をもっと短髪にして上げてみたらどうですか。」
苦し紛れに適当なことを言って誤魔化した。
「髪型、ですか。でも、実は髪の毛柔らかくて、整髪料のハードでもピンとは立たないんですよ。」
真に受けたらしい。
「あー、でも、可愛らしいって言われて嬉しくない気持ち私もわかります。」
「えっ、そうなんですか?」
「はい、私も自分で言うのはなんですけど、小動物系で可愛いとは言われるんですが、もっとこう女性として、みられたいです。」
「女性として?」
「はい、なんていうか、例えば色気があるとか、、」
「色気、充分あります。」
えっ?あ、ミリヤさんの化粧効果てき面
「女性として、可愛らしいだけじゃなく、色気もありますよ。」
「そうですかぁ、少し酔ってます?」
「いや、まだ半分も飲んでませんから、ほぼシラフです。」
「嬉しいです。あ、ところで高富さん、おいくつですか?」
「はい、32です。」
5つ上か。
「失礼ですが…。」
「27です。」
「あ、ちょーどいいですね。」
実は私も同じことを思ったが
「何がですか?」
ちょっといじわるしてみた。
「あ、いえ、なんとなく年齢的にっていうか。」
「あー。」
わざとらしい。
「じゃあご結婚は?」
わかっていたが、わざと聞いてみる。
「もちろん独身です。じゃなきゃこんな風に誘いませんよ。」
真面目なタイプ
「私もまだ、独身です!」
そう言ってワイングラスを掲げた。
そこに彼がグラスを合わせてきた。
「うふふ、出会いに乾杯ですね。」
「おはよ、ユウキ。ん?何?なんか機嫌よくない?」
すぐに態度に出るほうとは自覚している。
「バレた?ミリヤさんの占い、効果てき面!」
「え?なになに、なんかいいことあった?」
美希に昨日のことを話した。
「マッジでぇ?で、まさか昨日最後まで?」
「流石にそれは。でも、すっごくいい雰囲気でバイバイしたから、多分2回目のデートでは…。」
「うっそ、マジ羨ましい!やっぱ3カ月も待てないわ。」
「ごめんなさい。待ちました?」
「いや、全然、今来たとこだから。」
高富さん、ベタな台詞だけど、優しい。
「何食べたい?」
「あ、えーと、何となく和な気分です。」
「和ね。あーじゃあ、いいとこあるよ。」
連れていかれたのは、古民家のような作りの店だったが、中に入ると雰囲気は明治時代?を思わせるようなドラマのセットのような素敵な内装だった。
席は半個室みたいになっていて、周りや店員さんからも注文を取る時以外は見えない作りになっていた。
「飲み物は…やっぱ和だから日本酒いく?」
「あんまり飲んだことないんですけど…。」
「そう、じゃあ僕が決めていいかな。」
「あ、はい、お願いします。」
こういう時、年上は楽だ。ちゃんと引っ張ってくれる。
お酒が来て、例によって乾杯をして一口含んだ。
「わっ!おいしぃ!なんか日本酒とは思えない爽やかなワインみたいですね。」
「気に入ってよかった。そう、このお酒は吟醸酒なんだけど、フルーティな口当たりが女性にも飲みやすくて、受けてるみたいだよ。」
女性に受ける…ひょっとして高富さん、遊んでる?
「飲みやすいけど、飲みすぎて酔いやすいから気をつけてね。」
やっぱ紳士、無理やり酔わせようという作戦ではない。
しかし、念のため
「高富さん、このお酒、結構女性に勧めてるんじゃないですか?」
少し酔った風にして、切り込んでみた。
「え?どうかな。もし、そうだったら…妬く?」
「えっ?」
作戦を逆手に取られた。
顔が赤くなってるのが自分でもわかる。
「あれ、そのほっぺ、チークの赤さじゃないね。」
「知らない!」
恥ずかしさを誤魔化すため、怒ったフリをした。
「ごめん、からかいすぎた。でも、拗ねた糀谷さんも可愛いですよ。」
「もう!バカにしてますよね。」
「いいえ、本心です。」
なんか、もう「恋」だ。
このお互いを意識して、でも、子どもみたいにやりあう感じ。
完璧な「恋」だ。
「あ、この魚うまい!」
「え、そうなんですか?そっちにすればよかったかな。」
「はい。」
彼が自分の箸で私の方に魚の切り身を差し出した。
「あ、ありがとうございます。」
小皿で受ける。
一口食べる。
「ホントだ!美味しい!」
でも、その美味しさの半分は彼の箸から受け取った「間接キス効果」だった。
なんか、中学生の恋愛みたいで楽しい!
店を出て少し街をぶらついた。
「え、ホントですか?」
「ホント、ホント。マジだよ、この話は。」
「なんかまた、私を騙してからかおうとしてません?」
「違うよ、それに僕は君を騙したりしないよ。」
そういうとさっきまで柔らかな表情で笑顔だった彼が急に真剣な眼差しになった。
その瞳に吸い込まれそうだと感じた次の瞬間、彼に腰をグッと引き寄せられ、あっという間に唇を奪われた。
なかなかの早業だ。
しかも、スマート。
周りに少しだけ人がいたけど、それがかえって刺激に感じた。
「やだ、急に…。」
気持ちとは裏腹な台詞を言うと
「あ、でも、真剣だから。」
嬉しかった。
また、あの真剣モードの眼差しに捕らえられて、返事の代わりに自分から抱きついてしまった。