小さな傷
「お疲れさま。独り?」
「あ、はい、お疲れ様です。独りです。仕事が遅くて今日は取り残されてしまいました。」

室長は優しかった。

仕事の面では厳しいことを言われることもあったが、よく仕事の様子を見てくれていて、さりげなく律美さんや真理佳さんに私をフォローするように言ってくれていた。(真理佳さんからそのことは聞いた)

「いやいや、仕事は完璧だよ。遅くもない。今回はちょっと量が多すぎだ。」

そう言ってにっこりと微笑んでくれた。

「いえ、まだまだです。きっと律美さんなら、こんな仕事半日で済まされます。」
「律美くんと比べる必要はないよ。君は君、キャリアを積めば、彼女くらいテキパキできるようになるよ。」

そう言いながら、サーバーからコーヒーを淹れて私の前にそっと置いてくれた。(自分が飲むために淹れてると思ったのに)
思わず体の芯のところが、ホッコリと温かくなった気がした。

少し雑談をした後

「そろそろ帰るけど、どうだい、今日はその辺にして、ちょっと食事でもしていかないか?」
「え、そんな、食事だなんて…おうちに帰ってされないんですか?」

「あー今日はうちの奥さん、外出でね。『今日は外で食べてきてね』なんて軽く言われたよ。」
「うふふ、そうなんですか。」

よく知らないのに、奥さんの言葉のモノマネ口調がおかしくて、思わず笑ってしまった。(私は普段、無表情なのだが、おかしなことに敏感ですぐに笑ってしまう。そのギャップが魅力と言われたこともある)

「え?おかしかった?奥さんのモノマネ?でも、こんな感じなんだよ本当に。」
「そうなんですか。すみません。つい笑っちゃって。」

「やっぱり君は笑顔が似合うな。」
「え?」

突然のほめ言葉(?)に思いっきり照れた。(顔が赤くなってる自覚がある)

その表情に気づいているのかいないのか、話をそらすように

「じゃ、そろそろ行こうか、何が食べたい?」

こうして、山埜室長と食事、しかもディナーを一緒にすることになった。

今まで昼ごはんなら、女性秘書のどちらかと室長同伴で行くことはあったが、二人きりでしかもディナーなんて初めてだからそれなりに少し緊張した。

結局私が食べたいものを言わなかったために、山埜室長行きつけのイタリアンに連れて行ってくれた。

「少し飲もうよ。一杯だけワイン付き合ってほしいな。」

普段社内の集まりでは飲まない私に気遣って言ってくれたが、すみません、室長!結構飲めるんです。(心の中で舌を出していた)

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