小さな傷
「乾杯!」

赤ワインのグラスを合わせて、少し口に含むと赤ブドウの芳醇な香りが鼻先から抜けた。

「おいしい!」

思わず声に出してしまった。

「お、そうか、よかった。でも、この味が好きなら・・・実は結構飲めたりして」

ドキッとした。

見透かされてる?実は酒飲みなことばれてるとか…。

それから、前菜、パスタ、魚料理、肉料理とまさかのフルコースディナーが出てきて、料理に合わせてついワインも2杯目(白)、3杯目(赤)と増えてしまった。

「どうだい秘書の仕事は?たいへんかな?」

酒が進んだこともあって、つい忌憚ない意見を述べてしまった。

しかし、室長は結構真剣に聞いてくれて

「なるほど、それは改善の余地ありだな。」

「それは、もう少し工夫がいるかもしれないね。考えてみてよ。」

と、意見もくれて、なんだか、しっかり認められているという実感も湧いてきて、すごくいい気分になってしまった。

デザートまで済まし、店を出るときには、食後酒まで飲み干し、ちょっとだけ足に力がはいらない感じになった。

「大丈夫かい。」

そういって山埜室長は私の腕を抱えて、大通りまで出てタクシーを拾ってくれた。

『駅まででいい』という私の意見を聞き入れず、そのままタクシーで自宅近くまで送ってくれてしまった。

その間30分くらいあったので、少し酔いも覚めて降りる頃には足のほうもしっかりしてきた。

「ここで大丈夫です。」
「本当に?ここから近いの?無理しなくていいからね。」

「あ、本当に大丈夫です。もう近いんで。」
「そっか、それなら。運転士さん、一旦ここで止めてください。」

そういって車を止めてくれた。

「いやぁ、今日は突然の誘いにも関わらず、付き合ってくれてありがとう。明日も寝坊とかしないで頑張って来てくれよ。」

冗談交じりに言われて、また笑ってしまったが、ふとその時思った。

「あ、でも、室長、おうちはどちらなんですか?こんなとこまで来てもらってしまって大丈夫だったんですか?」
「あぁ、大丈夫、実は隣駅なんだよ。」
「え?そうなんですか?」

ちょっと驚いた。

私は学生の頃から住んでいた西荻窪に勤めてからも住み続けていたが、なんと室長の家は吉祥寺だった。

家についてから、冷静になり、
『ひょっとすると通勤時に私のぼーっとした姿を見られていたかも』
などと想像を膨らまして勝手に赤面してしまった。

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