Q. ―純真な刃―
地獄の入口で、謎の美少女は、受付嬢さながらにそれはそれはきれいに微笑んでいた。
腰あたりまである長い金髪を、慣れた手つきで払いのける。ゆるく波打つ金糸が、星ひとつ見えない闇夜をきらきらと照らした。
一見、物騒なこの場に似つかわしくない、異分子のような存在に見えるが……
――あの館は、神雷のもの。立ち入ったら最後……。
なぜ驚く必要があるのか。その存在を誰もが無視することはできないのに。
成瀬も例に漏れず、何もかも忘れて、大きく瞠った目にその姿を焼きつけた。
コツ、コツ、コツ。8センチはあるであろうピンヒールが、静寂を切り裂くように迫り来る。
漆黒に染まる、タイトなミニ丈ワンピースから覗くすらりとした足には、倒れた男のものと思しき血痕が付着していた。
本人は気にも留めていない。それどころか、口紅の色と似通っているせいか、ワンポイントの差し色のようで、他人にもさして違和感を働かせづらい。
妖しいオーラに、包まれていた。
「……侍……」
不意に、謎の少女が成瀬の顔と木刀を一瞥し、ぽつり呟いた。
成瀬はハッとする。
ようやく時間が進んだのを感じた。
「そう、あなたが……ふふ。ちょうどいいわ」
「え……?」
「――おいゴルァァ! 逃げんじゃねえ!!」
館の奥のほうから、さっきとはまた別の絶叫がした。銃を持った体の大きな男が突進してくる。
明らかな殺意。
神雷のテリトリー内で、そんなことができてしまうなんてふつうじゃない。
やはり成瀬の予想は正しかった。
奴らは神雷と敵対関係にある同業者。端から敵なのだ。
本能的に逃げようとした成瀬だが、謎の少女がそれを許さない。いつの間にかゆるんでいた手元からいともたやすく木刀を奪い取られた。目にも止まらぬ速さで、成瀬の背後から刃先を向けられてしまう。
「っ、は……は……」
「運の尽きね」
それは誰への言葉だったのか。
薔薇の香りがふわりと漂った。首の皮に棘が刺さっているような圧迫感との差に、脳がバグる。
実際、苦しくはない。ぎりぎり苦しくない程度に差し押さえられている。
天国と地獄の天秤にかけられている。すべては彼女のさじ加減。
憐れだなと、成瀬は遠い目で洋館を見つめた。
沸騰した殺意を爆発させてやってくる見知らぬ男2人目も、もちろん、自分自身も。
「ックソアマァ!! よくも……!」
「あら。彼がどうなってもいいの?」
「あ゛!? 彼!?」
「…………えっ、俺?」
何を言ってんだこいつと意思疎通する初対面の男たち。
さっきまでの空気が嘘みたいに白けていく。
気まずくて仕方ない。
(本気で俺まで敵だと思われてるわけじゃ、ねえ、よな……? ちげえよな!? つうかそもそも相手は銃! こっち木刀! 脅すにしても強引すぎだろ!!)
図らずも巻き込まれ系ヒロインの気持ちを知るはめになった成瀬は、ひとまず謎の少女の様子をそろりと窺ってみる。
愉悦そうに光る瞳。
どこまで本気なのだろう、混乱状態から抜け出せない成瀬をさらに弄ぶように、謎の少女はこそっと耳打ちをした。
「さあ、起きなさい。あなたは、あの男の下っ端。兄のように慕っている、ただの弱い下っ端」
「し、下っ端? 急に何……」
「さあ」
「絶対俺が誰か知って……」
「ようい、アクション」
パチン。指の弾く音が、否応なしに鼓膜をつんざいた。