Q. ―純真な刃―
「はぁ……。……た、たすけて……」
もはやヤケクソだった。
「〜っ助けて、アニキ!」
「は? あ、アニキ??」
「……く、ふふ」
「クソ……あ、アニキ! すみません……俺……アニキの力になりたかったのに……っ。アニキぃ……!」
ひとり楽しんでいる黒幕に内心ムカつきながら、それによる体の震えをうまく利用し、ついでに涙も浮かべ、ドラマ撮影をも超える渾身の演技力を見せつけた。
こんなんで騙せるのか定かではないものの、勝算がまったくないわけではなかった。
そもそも下っ端という設定を与えられたということは、輩たちは何かしらの組織に属しているのだろう。不特定多数所属しているから、仲間ではない者をすぐに否定できずにいるにちがいない。
足元で今もなおうずくまる男が、転がってきたあとすぐに駆けつけたところを鑑みると、少なくともこの巨漢は仲間意識が強く、血の気が多いタイプ。ならば一か八か、アニキアニキと無駄に連呼し、情に訴えるのが手っ取り早い。
「アニキ……た、たす……助けてアニキ……!」
「……」
「お、俺……こんなところでやられたくないっす……!」
「……」
「アニキ……っ。お、俺たちにはまだやらなくちゃいけないことがあるのに……っ」
「……ッ!」
彼らには、何かしらの目的がある。
他に仲間と思しき気配はなく、つまり、これはたったふたりの犯行。本来遠ざけておくべき強敵を襲撃するにしては無謀すぎる。
それでも決行した。とんだ大バカ野郎か、あるいは、よっぽどのワケありかのどちらかだ。いや、どちらもか。木刀相手にせっかくのアドバンテージをゴミにしているのだから。
成瀬がカマをかけてみれば、その推理どおり、手応えのある反応が返ってきた。
「……ああ、そうだな……」
「アニキ……?」
「……っ任せろ! 俺がすぐに助けてやっからなァ!?」
「え、あっ、ああ! アニキ!!」
成瀬は必死に笑いをこらえた。アニキと呼び続ける声量は、先ほどよりも興奮気味に上がっている。無駄に演技の説得力を増していた。
比例して、アニキ自身のテンションも上がっていく。舞台は完璧に整えられた。
「そいつを解放しろ! でなければ撃つぞ!」
「あらあらまあまあ」
「おい! 聞いてんのか!?」
「ええ、ええ、ちゃんと聴こえてるわ。解放ね……いいわ、解放してあげましょう。その代わり、武器を捨ててもらえるかしら?」
「くっ……」
「どうします?」
「あ、えっと……あ、アニキ……アニキ……!」
「……くっそ!」
ガシャンッ! 銃を地面に落とされた。
「これでいいんだろこれで!?」
「……」
「おい!! そっちもさっさと放せ!」
約束は守るもの。そんな常識はここでは通用しない。
ひりつく空気。
真っ赤な口は、約束よりも沈黙を守った。対峙する男の顔も、だんだんと赤くなっていく。