Q. ―純真な刃―
白くのぼる息の跡で、巨漢は今が真冬なことを思い出した。汗ばみ、息が上がり、感覚が麻痺していく。そうして、とうとう痺れを切らし、詰まり詰まった喉を豪快にうならせた。
「ッ……テンメェ゛!! いい加減に……」
「武器を」
「し……」
「武器を捨てろと言ったはずよ」
ヒュ、と巨漢の喉が締まった。
銃はたしかに地面にある。巨漢の両の手は空っぽだ。約束を守っていないのは少女のほう。だからつい今しがたまで威勢よく噛み付いていたのに。
たったひと言。すべてを見透かす冷徹な声は、どんな武器よりも鋭利に突き刺さった。
巨漢は一瞬にして血の気は引いた。
(まさかこの女、気づいて……いや! そんなはずねえ!)
無意識に背中やポケットをいじっていることに気づき、ぐっと握り締めた。汗が冷える。凍てついて強ばっていく。
痛みをこらえるように、無理やり口角を吊り上げた。押し殺された息をなんとか吐き出し、地面に落とした銃を指さした。
「ハ、ハハ。す、捨てたじゃねえか」
「……」
「い、意味わかんねえー……」
「……」
「ハハハ……ハ…………」
すぐに言葉は尽きた。無言の圧力。平均より大幅に重量のある体でも耐えがたく、一度震え出したら止まらない。
刻々と冬の闇が深くなる。
「……クッソ」
……カラン……ガンッ! ガシャン!
響くは、重厚な金属音。
巨漢の足元に、続々と降っていく。
エアガン、ナイフ、カッター、手錠……。
一見あるはずのない、多種多様な武器。それは、服の下、ポケット、いたるところに忍ばせていたものだった。
「こ、これで本当に全……」
「カット」
すっかり着痩せした男から音がしなくなると――パチン、記憶に新しい合図がこの場を制した。
夜風が、吹きすさぶ。
「グアッ……!」
風が過ぎ去ったとたん、悲鳴が上がった。武器の山に埋もれるように巨漢の体が倒れていく。
成瀬は目を疑った。
ころころと何かが転がってくる。
(なんだあれは……玉? BB弾?)
さらに風が横切った。
洋館の入口側から立て続けに放たれたBB弾は、突風を巻き起こしながら、巨漢の急所をピンポイントで撃ち抜いていく。
ダメージは実弾に勝るとも劣らず、3度目の悲鳴を最後に辺りは静けさを取り戻した。
「終わったようね」
少女は乱れた金髪を直しながら、木刀を下ろした。
約束どおりの、解放。安心できるはずなのに、成瀬はなかなか気持ちを切り替えることができなかった。腰が抜け、その場にへたれこんでしまう。
最初から勝敗は決まっていた。
はじめからあの威力のBB弾を撃っていたら瞬殺。成瀬の演技も必要なかった。最悪、隠していた武器に当たり、ここは血の海と化していたかもしれない。
強者なりのやさしさがあったかどうか。所詮それだけのちがいだった。