Q. ―純真な刃―
「あなたもお疲れ様」
目の前の惨事に呆然とする成瀬に、少女は手を差し伸べた。白くて細い女の子の手。それでいて、タコや傷の多い不良の手。相容れない矛盾に成瀬は少し戸惑った。
おずおずとその手を取ってみると、ぐっと力強く持ち上げられた。
「そうね……及第点というところかしら」
上げて(物理的)
落とされた(精神的)
「……ハイ?」
「及第点と言ったのよ」
「は?」
「本当に兄のように慕っていたら、助けてなんて安っぽいセリフ出てこないわ」
「い、いやそっちが勝手に……!」
「なに?」
「っ……いや……」
言いたいことは山ほどあったが、成瀬は生唾ごと飲みこんだ。
一応、少女は命の恩人だ。
邪魔者以外の何者でもなかった成瀬が、少女側につかなければ、巨漢の盾にされていたかもしれない。出会い頭に撃たれていたかもしれない。
少女の気まぐれで始まったおままごとのおかげで、五体満足でいられている。
でも、なぜだろう。
及第点。監督に言われてもなんとも思わなかったのに、今は心臓をナイフで貫かれたような気分だった。
「では後始末といきましょうか」
口ごもる成瀬をよそに、少女は木刀を振りかざした。
巨漢のみぞおちにクリーンヒット。強烈な痛みとともに巨漢は息を吹き返した。
「カハッ……!」
「ごきげんよう」
「……ゥ……グ……」
「さあ、いろいろと聞かせてもらおうかしら」
黒ずんだ地面をいっそう汚す武器の山から、すり減った刃先で銃をたぐり寄せた。二度と敵の手に渡らぬように少女は背後へとすべらせる。
ピンヒールで容赦なくグリップ部分を踏みつけた。
「この銃をどこで手に入れたの?」
「……だ……誰が言うか」
「……」
「……」
「…………はぁ」
「っ、」
「ここまでされてもまだ自分の立場を理解していないようね」
しょうがないと言わんばかりに、木刀をゆっくりと巨漢の喉仏に添わせた。木の温もりは微塵もない、冬の冷気に侵された刃先が、ちょんと触れるだけでも痛覚を狂わせてしまう。
「言いなさい。黙秘権はないわ」
「や……や、や、殺れるわけ……」
少女は静かに微笑んだ。
きれいで、儚く、品があり──そして、なんて、おぞましいんだろう。
「は……あ……あ……っ」
「もう一度だけ聞くわ。どこで、手に入れたの?」
「……と、とな、隣町の……や、山小屋だ……」
「誰から?」
「そ、それは……」
「誰から?」
首の動脈がひやりと震えた。
「あ、赤! 赤い爪の男だ……!」
「それで?」
「こ……このことを、か、嗅ぎ回ってる奴を……殺れって……そ、そしたら、金をやるからって……」
「そう。いつ?」
「せ、先週だ! も、もういいだろ!?」
「……そうね」
「じゃあ解放……」
「もう用はないわ。さようなら」
何の準備も覚悟もなく、振り下ろされた木刀。
空間を裂くように、その太い首めがけて。
「うわああぁぁぁぁぁ!!!!」
かっ切る寸前で、矛先は起動を変えた。首の横、地につく髪の毛もろとも切りつけ、地面の深いところまでのめりこめんでいく。
そうとも知らずに泡を吹いて失神した巨漢に、少女はすっかり興味をなくし、ミシミシと軋ませながら木刀を引っこ抜いた。
思わず成瀬は目を背けた。すると、洋館の扉の奥に人影が見えた。彩度豊かな姿かたちが、エアガンを手に、踊るように騒いでいる。
「あ、片付きました?」
「さっすが! 我らが“女王”!」
女王! 女王様、万歳!
時代錯誤な歓声は、かの少女へ降り注ぐ。
(……女王……。やっぱり……)
成瀬は確信した。
はじめからわかっていた。
わかっていたから、逃げられなかった。
天使にも悪魔にも見える、謎の少女こそ、このたまり場を司る者。
神雷4代目総長。
すべてを支配する、世界で一番美しく、危険な、女王様。
「さて、次はあなたの番ね」
――あの館は、神雷のもの。
――立ち入ったら最後……女王の贄となるだろう。
そして、扉は閉ざされた。