Q. ―純真な刃―
「誠一郎さんが、わざわざ……?」
オールバックの少年をはじめ、神雷メンバーが成瀬をまじまじと注視した。
毛先を遊ばせた髪から血反吐のついたスニーカーまで、舐めるように凝らすと、そろいもそろって怪訝そうに眉をひそめる。
成瀬はなんだか物珍しく感じていた。芸能界でデビューしてから、好意の塊を投げかけられることはあっても、その逆はなかったからだ。
「お前……あれだろ、ゲーノージンってやつだろ」
オールバックの少年に見事当てられ、成瀬の目は丸くした。
絶対知られていないと思っていた。デビューして1年未満の新人だし、モデル業中心でテレビにもめったに出ない。
だからてっきり、何も知らずに胡散臭く思っているのだろうと思いこんでいた。
「し、知ってたんだ……」
「うちには博識な奴がいるもんでな。でも、だからなんだっていうんだ。なんでお前みたいな奴が……」
神雷にとっては、芸能人のステータスよりも、風都の価値のほうが何倍も高いようだ。
「お前……何者だよ」
「……さ、侍」
「え?」
「ここに来たら、“侍”と名乗るようにって、監督が」
撮影外で自分は侍だと口にするのは、やけにこっぱずかしい。成瀬は穴があったら入りたい気持ちだった。いつまでたってもリアクションがないのがよけいに気まずい。
周りは、ただただ呆然としていた。
成瀬に寄せられた視線の中には、好奇、不審、困惑、あらゆる感情がぐちゃぐちゃに入り交じっていた。
オールバックの少年もまた例にもれず、思考処理が一向に追いつかない。
(こいつ、今なんつった? 侍? 侍だって? その名といや、あの……)
カツン。
ヒールの音が、館全体に高らかに響いた。天井から音が跳ね返り、ホールに広がる波紋が鎮められていく。
ホールの奥、大階段を一段のぼった先。
他人より高みの場所に、気高き女王の姿があった。
「侍――かつて誠一郎さんが、神雷の前身であるチームで頭を張っていたときの異名よ。当時、圧倒的な実力とカリスマ性からその名は広く知れ渡り、多くの者に畏怖されていたらしいわ」
風都誠一郎。
彼は、昔から、人の上に立つ存在だった。
老若男女問わず惹きつけてしまう、魔性の魅力。
重荷にもなり得る人望を、難なくまとめられるリーダーシップ。
意志を貫き、自分の道を切り拓いていける、勇敢さと行動力。
敵に回せば勝ち目はなく、味方には絶対的な安心感をもたらす。
やんちゃした少年時代を経た今も、彼の芯の強さは健在だ。
だからだろうか。業界内でも彼の武勇伝は有名だが、監督としての評判に一切の傷はない。
憧れが止むことのない、世界の中心人物。
――かの女王のような。
「そんな大切な名を受け継がせるなんて、よほど信頼されているのね」
成瀬は思わずうつむいた。いっそ耳を塞いでしまいたかった。
信頼。あまりに重たすぎる言葉だ。
さっきまで突っかかってきていた周りは、いやに静まり返っている。バックに風都がいるとわかった途端これだ。
言葉の重みがいっそう増していく。
風都が昔ワルだった話は、当然成瀬も知っていた。
だから来たくなかったんだ。どえらい異名まで寄越して。わずらわしくて仕方ない。
手元に戻ってきた、刃先の削れた木刀が、目に留まる。ため息をついた。