Q. ―純真な刃―
「信頼なんか……」
「当然あるでしょう!」
今にも消え入りそうな声で否定しようとすると、なぜか勢いよく遮られてしまった。
誰かに。
でも誰に?
「ありますよ信頼! きっと! 固い信頼関係が! 切っても切れない相棒のごとく!」
ホールの真ん中で意気揚々と主張するのは、その場で唯一、成瀬に純粋な関心のみを寄せていた少年だった。
「なぜなら、彼は、セーイチロー殿がヒーローに抜擢するほどの人物! 十二分にあり得ます!」
空気が読めないのか、読んでいてそうしているのか、その少年は興奮気味にまくしたてる。気まずい空気が、瞬く間に、少年のペースに呑まれていく。
栗色のふわふわなマッシュヘア。
比較的小柄な体形にまとった、オーバーサイズのカーディガン。
全身からあふれ出ているかわいらしい雰囲気は、良くも悪くも無邪気な子どもらしさがあった。
マッシュヘアの少年が成瀬を捉えた。
瞳は爛々とまたたき、きゅっと頬骨に肉を寄せている。
成瀬がここに来て、はじめての好意だった。
「Hello! Nice to meet you!」
「は、はじめ……えっ? 英語……!?」
ものすごい速さで近づいてきたかと思えば、流暢な英語で話しかけられ、成瀬は軽くパニックになる。
見た目は純日本人に見えるが、母国語がちがうのだろうか。
「キミはアクターのエン・ナルセですよね!?」
しかし、今度は平然と日本語を使ってきた。なまりのないきれいな日本語だ。たまにネイティブな英単語が混じっているけれど。
成瀬はとりあえずうなずいておく。
「Wow! So hot! こんなところで会えるなんて!」
「は、はあ……」
「今最もトレンディなスターといえば、キミ! エン・ナルセ!」
「ど、どうも……」
「セーイチロー殿の次回作【純真な刃】でメインキャラクターをやるんですよね!? ボク、とても楽しみにしてます!」
マッシュヘアの少年は鼻息を荒くしながら、勝手に握手をし、ぶんぶんと振り回す。手も口も、勢いも止まらない。
圧倒され、のけぞっていく成瀬に、渋々オールバックの少年が助け舟を出した。
「おい、落ち着け。いつもの発作が出てんぞ」
「落ち着けませんよ!! セーイチロー殿から直々にオファーしたらしいんですよ!? ミスターナルセに! あの! セーイチロー殿が! ドラマの心臓を預けたと言っても過言ではありません! これを信頼関係と呼ばず何と呼びますか!?」
すごい。なんというか、とにかくすごい。
これは好意というより、狂気じみた愛に近しい。
成瀬のファンにも似たような層があるが、ここまでの気迫はなかなかない。
癖が強い。
神雷にいる人が、ふつうなわけがなかった。
「Oh my god! ボクは今奇跡的な場面に立ち会っているのかもしれません! どうしましょう! セーイチロー殿が捧げた“侍”の名前、受け継がれる思い……ドラマの前日譚でしょうか!? なんて贅沢なんでしょう!」
「悪いな。今黙らすから」
今まで警戒心をがっちがちに固めていたオールバックの少年が、さらりと非礼を詫びてくるものだから、成瀬は少なからず動揺してしまう。
「ははっ、ボクは黙りませんよ! セーイチロー殿は……いひゃい、いひゃい! いひゃいでひゅ!」
「だーまーれ」
手慣れた様子でマッシュヘアの少年の頬を容赦なくつねった。おしゃべりな口がようやく治まっていく。