Q. ―純真な刃―



おそるおそる成瀬は尋ねる。




「……もしかして、さっき言ってた博識な奴って……」

「ああ、そ、こいつのこと。特に誠一郎さんのことになるとうるせぇんだ」

「へ、へえ……」

「こういうのなんていうんだっけ……あ、過激派ってやつ?」

「か、過激派……」

「しかも一家丸ごと」

「家族全員!?」

「セーイチロー殿は、マイファミリーのOSHI! DESU!」

「ですまでカタコトになってんぞ」




頭を小突くオールバックの少年の手を華麗にかわし、マッシュヘアの少年はずいっと成瀬に顔を近づけた。




「セーイチロー殿のデビュー作を観たことはありますか!?」

「いや」

「ありますよね!?」

「ねえっつってんだろ」




あ、やば。と、成瀬は口を覆う。素の言い方に内心焦る成瀬など気にも留めず、過激派ファンはまたしても自分の世界にトリップしていた。




「【雪の精】……邦画の歴史に刻まれるであろう傑作です。ボク、泣きました。雪山で出会ったふたり……迫り来る魔の手……引き裂かれる運命……! 主演のサクラコが雪女とわかるシーンは今後語り継がれるべき名シーンのひとつで……」




サクラコ――桜子とは、日本の映画界を支える大女優のひとり。

名は体を表すとおり、桜のように可憐な美貌は無差別に心を奪い、ナチュラルな演技力で陥落させてしまう。国民のマドンナ。


そして、風都の妻でもある。



実は、成瀬が現場で一緒するのは、監督よりも桜子のほうが先だ。初主演を務めた映画で共演している。

撮影の合間、桜子から旦那の話を聞いたことがあった。ちゃんとは憶えていないが、9割はノロケで、まさにマッシュヘアの少年に勝るとも劣らない熱量だった。




「エン・ナルセ! キミの映画も観ましたよ!」

「え……風都監督のだけじゃねえの?」

「入口はそこでしたが、今はニッポンの映画ぜーんぶ好きです! キミが主演の【ハローフレンズ】最高でした! ティーチャー役のサクラコが怒るシーンは、特によくて……」

「こいつ絶対桜子さん目的で観ただろ」




少年の愛にはブレがない。

とことん風都を敬愛し、彼にまつわるすべてを熟知している。新手の宗教のようだ。


役者ではなく監督のファン、しかも家族全員で応援しているのは世にも珍しいが、ドラマの撮影現場にも大なり小なり監督の教徒はいるし、特におかしなことではない。


すべての元凶は、風都だ。

過去の伝説をひっくるめ、風都は偉大すぎる。

影響力がブラックオール並みにある。否応なしに巻き込まれてしまう。


おそらく、成瀬も、影響を受けた一人だろう。

いい迷惑だ。


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