Q. ―純真な刃―



「顔を上げなさい」




成瀬はゆっくりと眼球だけを上にずらしていった。

視界いっぱいに映るは、芸能界でもめったに拝めない、完成された美。




「私は、神雷4代目総長、姫華(キッカ)。ここでは“女王”と呼ばれているわ」

「……」

「あなたの両脇にいる二人は、私の側近。神雷の副総長よ」

「……えっ」




成瀬は生唾を飲みこんだ。




(まじかよ。こいつらが?)




成瀬を逃がすまいと両脇を固める二人が、女王の次にえらい立場だとは思ってもみなかった。



従来、総長と副総長はひとりずつ任命される。

4代目の構成は異例となる、玉座を支える二本柱。優秀な人材が豊富だったのもあるが、何より女王の存在が大きく、護りたい気持ちの表れだった。




「さ、二人とも挨拶なさい」

「はーい!」




飛び上がって返事をしたのは、マッシュヘアの少年。




「副総長その1、汰壱(タイチ)です! ピカピカ高校1年生!」

「1年? てことは……」

「あっ、そういえば同い年ですね!」

「え、知って……って、ああそうか、情報通だったな」

「同い年として仲良くしましょうね」




汰壱の言葉に裏はない。

友だち100人本気でつくるように好意を惜しげもなく伝えている。簡単なようで、難しいこと。

バカ犬みたいだと、成瀬は不躾にも思った。


そんな汰壱とは真逆のほうから、ねちっこくガンが飛んでくる。

オールバックの少年が、ガムを吐き捨てるように舌打ちをした。




「副総長その2。名前は、勇気(ユウキ)。誠一郎さんに気に入られてんのか知らねえけど、ここでは迷惑かけんなよ」

「……俺のほうが迷惑かけられてんだけど」

「迷惑、かけんなよ」




釘を深く刺された。

誰に、と問わずとも、高みへ向けられた瞳が雄弁に物語っていた。


明らかに一線を引いている。

成瀬を嫌っている、というより、心を許していないと表現するほうが正しいだろう。


勇気は人一倍警戒心が強い。副総長たるもの必要なことだ。




「あなたは?」

「えっ」




女王、姫華が、不意に成瀬の顎をくいっと上げさせた。




「あなたのことを、教えてちょうだい」

「お、俺、は……」




お互いの目に、お互いしかいない。世界にふたりきりになってしまったよう。




「……円。モデルとか、俳優とかやってるけど、ふつうの16歳……です」

「よくできました」




意味深な微笑みに、ドクドクと成瀬の鼓動が逸る。

どちらも目を逸らさない。

まばたきすらしない成瀬の目元には、じんわりと涙が浮かんでいた。




「今日からあなたは、神雷の下っ端」

「……」

「つまり、私のものよ」




姫華はささやき声で告げると、触れていた成瀬の顎を指で弾いた。




「ここにいる限りは、たまり場をお好きに利用なさい。寝泊まりも自由にすればいいわ。ただし、3階は私のエリア。むやみに立ち入らないように」




せっかくだし歓迎会でもすればいいんじゃないかしら、と他人事のように提案しながら、ワルツのステップを踏むように階段をのぼっていく。

敵の血痕のついた美脚がてっぺんまで行くと、ヒールを打ち鳴らしながらきれいに爪先をそろえた。

遠のいた姫華の表情を、下々が正確に読み取ることはできない。近くにいてもつかめないのに。




「私は先に失礼するわ。おやすみなさい」




花のない庭は、ひどく殺風景だ。


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