Q. ―純真な刃―







成瀬が目を覚ますと、見慣れない天井があった。


丁寧にしつらえられた、ふかふかなベッド。

ハッとして起き上がる。

全方位に金のかかってそうな室内を見渡し、頭を抱えた。




「あぁ……そうだ、俺……昨日、神雷に……」




ここは、洋館の2階にある個室のひとつ。

ベッドの質がよく、ぐっすり眠れてしまった自分に、甚だ呆れてしまう。

最悪な気分だ。こころなしか頭痛もする。


昨晩は、いろいろなことがありすぎた。

女王が去ってからも、大変だった。

歓迎パーティーという名の尋問大会が始まり、監督について根掘り葉掘り聞かれ、やがて飲み食う口実になり、愚かなどんちゃん騒ぎに成り果ててしまった。




「はあ……まじ頭痛ぇ。あのとき酒でも盛られたか……」




女王のいない空間は、自我の暴れる無法地帯、四面楚歌。

どう穏便にやり過ごすか、それだけを考えていた。


次第に酔いつぶれる奴、帰宅する奴、ゲームに没頭する奴が現れ始め、流れに乗じて成瀬もフェードアウト。

この個室に逃げこみ、ベッドにダイブすると、よほど疲労がたまっていたのか、気絶するように眠りに落ちたのだった。



成瀬は元より家に帰るつもりはなかった。

それは神雷の世話になることとは何の関係もない。何年も前からの習性、あるいは本能のようなものだ。


友だちや先輩後輩、そこらへんの女の家を転々と回り、のらりくらりと住みついては、いなくなる。

芸能事務所に入ってからは、事務所か共演者の自宅に泊まることが多かった。最近は、風都の家にしばしば転がりこんでいる。

本当は一人暮らしがしたいのだけれど、働いていてもしょせん未成年。ポケットマネーに余裕はない。


とはいえ、家出しているわけではなく、時折帰ってはすぐに出ていく。

気まぐれな猫のような日々を送っていた。



そんな成瀬としては、正直、不良のたまり場といえど、無償で最高水準の生活ができるのはありがたかった。

意外と設備をフル活用している人は少ない。

神雷メンバーのうち、過半数は帰宅勢、残りは成瀬と同様寝泊まりしているか、日によって変わるかのどちらか。

そのため、2階の個室は、基本空きがある。しかも大部屋だけでなく、こうして一人部屋も完備されている。環境のみでいえば理想的なホテル暮らしも同然だ。



ここに来てよかった理由が、ひとつ、判明してしまった。

が、ここにいたくない理由は、山ほどある。




「……逃げられねぇな」




成瀬は現実逃避をあきらめ、部屋に併設されたシャワー室で昨日の余韻を洗い流した。

カバンに詰めてきた制服に着替える。

木刀を忘れずに担いで部屋を出ると、早速1階のほうからにぎやかな声が聞こえてくる。




「Good morning! ミスターナルセ!」




階段を下る成瀬に気づき、汰壱が元気よく手を振っていた。




「よく寝れました?」

「まあ」

「寝心地いいですよね、ここのベッド」

「……あんたは?」

「ボク? I’m good. 今日も良い一日になりそうです」




昨晩、成瀬が退散したあとも、汰壱は素面で楽しんでいた、数少ない生き残りだ。

にもかかわらず、誰よりも明るいエネルギーにあふれている。

果たしていつ寝たのか、どれくらい寝られたのか。しかし目の下にクマはない。ショートスリーパー説が濃厚か。


汰壱は朝食のためダイニングホールへ案内しながら、成瀬の恰好を一瞥して笑みを浮かべた。




「そっか、キミも学校があるんでしたね」




神雷は25歳以下で構成されている。

年齢層は幅広く、なかでも高校生がダントツで多い。


だが、全員が学校に通っているのではない。進学しなかったり、中退したり、不登校だったり、理由は様々だ。

在学中の人数は、約半分とちょっと。

だからといって神雷に格差が生まれることはなく、生活リズムに若干偏りがある程度。


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