Q. ―純真な刃―
何のため
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『──……まあいいか。生きてみろよ、クソガキ』
どこからか、猛毒な声が鼓膜をつんざいた。
誰の声かもわからないのに、苦痛に苛まれる。
奥底からふつふつと、土鍋が沸き立つように熱が高まっていく。
痛い。
熱い。
怖い。
逃げたいのに、逃げられない。
世界は闇に包まれていた。
出口が見当たらない。行き場がない。何もわからない。
巨大な魔物の胃の中で消化されているようだった。
永遠の闇に、身体もろとも蝕まれる。
待ちかまえているのは、単なる死ではない。
妙にリアルな、殺意。
殺される――本気でそう感じた。
(たすけて……)
痛い。
熱い。
怖い。
『生きてみろよ、クソガキ』
生きたい。
(たすけて……!)
瞬間、右手に温もりが広がった。
正体を知るよしもないまま、その温もりだけを頼りに、感覚を引き寄せた。
「――ッハ……!」
子どもは目を覚ました。
はっ、はっ、と浅い呼吸を繰り返す。
悪い夢を見ていた気がする。だからか、全身汗だくで気持ち悪かった。
こめかみや首筋を流れる汗が、赤みを帯びたブロンドの髪を湿らせ、いっそう気持ち悪くなる。
寝返りを打とうとするが、シーツの上に寝そべる体はひどく硬直し、まともに動けなかった。直接地面で眠ってしまったときのような、ごつごつとした冷たい感触と疲労感が背中を襲う。
痛みまであった。頭、胴体、足、全身のあらゆる箇所が、呼吸するたび警報を鳴らす。
7歳になったから、成長痛が来たのか。それにしては、痛すぎるような。一喜一憂している間も、身体の内側は戦争が勃発している。
(どうしちゃったんだろう……。びょうきかな? パパ、ママ……たすけて……)
ぼんやり霞む視界が、だんだんと薄暗闇の室内にピントを合わせていく。
辺りは一面、灰色だった。
コンクリート、いや、錆びた鉄だろうか。独特な臭さがある。
自然光が一切なく、申し訳程度のランプが細々と灯っていた。
(ここは……なんだろう)
絶対自分の部屋ではない。
赤らむ光を灯す照明も、パパとママがくれたおもちゃも、コレクションしていた芸能人のサインもないのだ。
家ではないなら、次に学校や病院が思い浮かぶが、このような物騒な部屋があるとは思えない。
アニメで観る異世界転生ってこんな感じなのだろうかと想像するも、全身を這う激痛で思考回路が停止した。
「あ……起きた?」
小さくうめく子どもに、誰かが近くから声をかけた。
とてもやさしい声だった。
反射的に起き上がろうとすると、骨や筋肉が悲鳴を上げる。
「だめだよ、起きちゃ」
肩をそっと押さえつけられる。
そのとき、おぼろげな視界に声の主が映りこんだ。
同い年くらいの、きれいな子だった。
肉付きの少ない頬。色の薄い唇。つぶらな瞳。
ぼろぼろの古着を着ていても、満開の愛らしさが咲き誇っている。
塗り絵をする前の天使のように、白く、脆く、麗しい。
そして……。
(わあ……いっしょだ。その、ブロンドのかみ)
はらはらと舞う、長くて細い髪の毛は、まごうことなき金色だった。
日本で生まれ育ったがゆえに、周りには必然的に黒や茶髪が多くなる。
そんな日本で、しかも同世代で、同じブロンドヘアの子と出会ったのは、はじめてだった。ようやく仲間を見つけられたようでなんだかうれしくなる。
その髪は地毛? どこの子? 名前は? そう言って仲良くなりたいのに、
「あ……ッ、ア、ハッ、」
思うように声が出ない。
痛い。
どうして生きているのかふしぎなほど全身痛くて、熱い。
このまま死んでしまうのではないかと、言いようのない恐怖に駆られる。