Q. ―純真な刃―
必死に息を吸うと、右手にぎゅっと圧がかかった。
「無理しないで。ゆっくり、ゆっくり」
手の甲の上を、少しかさついた指先がぽんぽんと撫でてくれる。心地よい感触だった。
ふわりと伝わってくる、その温もりには、覚えがあった。
でも、思い出せない。
わからない。何もかも。
「ねぇ、マル。……あ、その子、起きたんだ」
ふと、別の声が響いた。
マル、と呼ばれた天使のような子よりもトーンが低く、かすれた声をしていた。
「今ちょうど意識が戻ったみたい」
「そっか、よかったね」
「でもまだつらそうで……。ちょっと水持ってくるから、見ててあげて」
「わかった」
右手からするりと温もりが消えた。この場から気配がひとつ遠のいていく。
看病の代わりを頼まれたのは、またしても小さな子どもだった。
マルとたいして背格好は変わらず、それどころか、日本では稀有なはずの髪色――ブロンドヘアまで同じだった。
白みの深い金髪は、傷みがひどく、肩口でぴょんと跳ねている。
中世的な顔立ちは、日本人らしさが残っているものの、どこか冷ややかで儚く、まるで吸血鬼のようだ。
気だるそうに黄ばんだシーツのそばに腰を下ろすやいなや、息も絶え絶えに横たわる子どもを横目に、ぽつりとつぶやいた。
「……お前も、可哀想だね」
スペイン人である母親の血を色濃く継いだのか、彫刻のように整った顔立ちが、苦しそうに歪んでいる。
汗が垂れ、涙も滴り、傷口に滲み、血の気が引いていく。お世辞にもきれいとは言えない状態だ。
それでも、吸血鬼のような子は、看病らしい看病をしようとはしない。ただ、ずっと、見つめていた。
「大丈夫。お前は、生きられるよ」
淡々と吐き捨てられた言葉は、気休めでも予言でもない。
すべてを知っているからこそ、信じていた。
「あの子が、願ってるんだもん」
マルが、つきっきりで看病していた。
薄汚い空気にさらされた、最悪な環境下で。
乏しい専門知識を絞り出し、寝る間も惜しんで経過を見守っていた。ちょっとうらやましいくらい。
だから、報われないと困る。
今以上の不幸なんか、いらない。
やがて症状が安定していき、重傷の子はふたたび眠りについた。何も知らず、安らかに寝息を立てている。
幸せな奴だと嘲笑こそすれ、体を案じる気持ちはかけらもなかった。
「シカク。その子、意識戻ってよかったね」
シカク、と呼ばれた吸血鬼のような子は、振り返った。
おずおずと投げかけられた声は、また別の子どものものだ。
シカクとはちがい、心から心配しているようだ。
だから、重傷の子を安静にさせようと隅っこに座り、傷に障ることを懸念し、会話も控えていた。
ひとり話し出すと、虫のように次から次へと気配を濃くしていく。
実は、この場には、総勢15人もの未成年がいる。
下は5歳、上は17歳と年齢はバラバラ。
ほとんどが黒や茶の髪や目を持つ、典型的な日本人だ。
全員育ち盛りなはずなのに、雑巾も同然の服をまとう体はかなり痩せている。
しかし、それぞれ異なる魅力の光る、恵まれた容姿をしていた。
一見、将来有望なキッズモデルに見えるだろう。
――ここが、地下牢でなければ。