Q. ―純真な刃―
「いいんじゃないの? 教えてやれば」
不愛想なシカクに背中を押され、マルは迷いながらも口を開いた。
「……何か、憶えてることはある?」
「えっと……きづいたらここにいて――」
あれ? と、重たい頭を傾げる。
「……ううん、ちがう……。ひこうきに、のってた。パパとママとスペインにいって、たんじょうび、おいわいしてくれるって。……でも、よくわかんないけど、おきたらうみにいた。そこにさっきのおとこのひとがいて……それで……」
きんと響くこめかみを押さえ、黙りこんでしまう。
その姿を心配そうに見つめるマルには、いまだに迷いがあった。
本当に話してもいいのか。話すべきなのか。もう少し時間を置いたほうがいいのではないか。正解は見つからない。
それでも、望むのなら。
「嘘はつきたくないし、ちゃんと教えるね」
語られたのは、にわかに信じがたい話だった。
悪い夢の続きのような、真相。
飛行機事故があったこと。
乗客はみんな犠牲になったこと。
たったひとり、生存者がいたこと。
第一発見者が、例の男、ボスであること。
ボスに拾われ、アジトに収容されたこと。
だから自分はここにいるのだと、重傷の子はすんなりと理解した。
信じられないし、信じたくない話だけれど、変えようのない事実であることは、語り手の表情を見れば一目瞭然であった。
それだけではない。自然と受け止められるのは、齢7にしてすでに、それほどの理解力が身についているからだ。
裕福な家庭に生まれ、物心ついたころから英才教育を受けてきた。
その中には、もしものことが起こったときに備えた対策も含まれていた。身代金目的の誘拐拉致監禁、家に押し寄せる敵襲、様々な手法を使った詐欺、命を狙った復讐……。多種多様な「もしも」に合わせ、護身術や会話術など、身の安全を第一とした適切な対応を心得ている。
その「もしも」に飛行機事故のケースは織り込まれていなかったものの、今までの学びで、絶対などないことを嫌というほどわからされてきた。
この激しい痛みが、おぼろげな記憶が、そして見知らぬ世界すべてが、何よりの証拠だ。理解するしかないだろう。
「……やっぱりやめようか、この話」
けれども、なぜか、話は中断されてしまった。
どうして、と重傷の子が問いかけたあとで、気づいた。自分の頬が濡れていることに。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。大粒の雨は止まない。
頭で理解できていても、幼い心は受け止めきれていなかったようだ。
でも、今、目を逸らしたらいけない気がした。
「ぜんぶきかせて。おねがい」
マルはためらった。何度も言葉が出かかっては、すぐに口をつぐみ、喉を引き締める。涙を流し続ける黒い瞳に、戸惑いながらも覚悟を決めた。
「実はね……この地下牢は、とある計画のために用意された監禁場所なの」
「……けいかくって」
「人身売買」
黒い瞳が、大きく見開かれた。
想像していた話と、まったくちがう。
温度のない涙が、この世界を汚していった。
「容姿の整った美少女だけを集め、お金持ちに売りつける。いわゆる闇市をやろうとしているの」
あなたが33番目の商品、とマルは歯切れ悪く告げた。
33番。ここにいる人数の倍の数字に、いくらでも悪い想像ができてしまう。
元は、とあるヤクザが計画していた商売だった。
組織が壊滅し、計画は白紙に戻る――はずだったのに。
逃げ延びた残党数名が、計画を再始動させてしまったのだ。
「主犯であるボスたちは、かつて最も残酷非道と恐れられた伝説のヤクザ――“紅組”の意志を継ぐ者。人を人だと思っていない、最低最悪な宿敵」
徐々に力のこもる声色は、憎悪で満ちていた。
「絶対に、許さない」