Q. ―純真な刃―
「妹夫婦は今アメリカに住んでるんだが、国際電話が毎日のようにかかってきてまいっちまうよ。進学の都合で汰壱だけこっちに帰ってくるときも、まあ大変だった。俺が」
風都は肩をすくめながら、稲妻マークの古傷が刻まれた眉を掻いた。口をつんと尖らせているわりに、喜色にあふれている。
堅物に見えて、意外と面倒見がいい。親元を離れて生活する甥っ子のことも、何かと世話を焼いていた。
(ん? もしかして、俺を神雷に寄越したのって、ドラマじゃなくて甥っ子のためじゃねえよな?)
一抹の不安がよぎった成瀬だが、さすがにちげえか、と頭を振った。
「汰壱は妹に似て頭がキレるから、よく娘の勉強を見てもらってるんだ。あ、見るか? 娘の写真。由楽っていうんだけど……」
急に饒舌になる風都。血のつながりを鮮明に感じ取れる。同じ穴の狢とはこういうことを言うのだろう。
手際よく携帯をいじり、お気に入りの写真をいくつか見せびらかす。成瀬は適当に相槌を打ちながら、台本を開いた。それでもなお自慢大会は続く。
仕方なく成瀬は目を向けた。写真ではなく、見たことないくらいとろけた風都の横顔に。
「……かわいいすか」
「んな言葉じゃおさまらねえよ」
「……親バカすね」
即答で模範解答を叩きだす風都に、成瀬は冷笑を浮かべながらも、どこか眩しそうに目を細めた。猛烈に喉が渇き、カバンに入れていたペットボトルの天然水を飲み干した。少し苦しい。
横から自動音声で人様の思い出が流れていく。桜子と由楽はそっくりで~、あのときの由楽がかわいくて~、桜子ともよく笑ってて~……。聞くに堪えない。成瀬は飽き飽きとしながら台本をぺらぺらめくっていく。
「そんなことより、監督」
ここのシーンなんですけど、と無理やり話をぶった切り、休憩後に撮る場面のページを指差した。
仕事には真面目な男だ、一瞬にして風都のスイッチは切り替わる。
「あー、斎藤 一の息子役、RIOくんとの初共演シーンだな」
「ここって最初から殺陣っすよね」
「その予定だ。いきなり息の合った殺陣は難しいと思うが、ふたりとも運動神経いいし、心配はしてない。問題はそのあとの掛け合い。どっちも長台詞あるから、集中力が切れないように気をつけろよ。特に、RIOくんは演技はじめてらしいから、しっかりリードしてやってくれ」
「無茶言う……。どうせ及第点のくせに」
「それは、お前次第だ」
わかりやすく萎える成瀬に、風都はくつくつと喉を転がす。艶やかな黒髪をひと撫でし、笑みを深めた。
(人はきっかけさえあれば、ころっと変わっちまう。円、お前はどうだ?)
弁当の中身はすべて胃の中へ流れ、午後のためのエネルギーを蓄える。空っぽになったプラスチックの弁当箱には、タレの味変に添えられていた辛味が残っていた。
割り箸の代わりにメガホンを手に取ると、戦に赴く武士のように一歩踏み出した。