Q. ―純真な刃―
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約束の、夜22時。
洋館の玄関ホールには、神雷のメンバーが勢ぞろいしていた。動きやすい恰好で、最後のひとり、成瀬を待っている。
撮影が押し、5分遅れで到着すると、全員からぎろりと厳しい眼差しを向けられる。
階段下にいる、黒ニット姿の勇気が、威勢よく叱責を飛ばした。
「おい、新入りの分際で遅刻してんじゃねえ。やる気あんのか」
(やる気なんかあるわけねえだろうがよ。何するかも聞かされてねえっつうのに)
ありのままの気持ちをひとつ残らずぶつけてやりたい成瀬だが、大階段の最上段で足を組む姫華が怖いくらい無表情で、やむなくすべてを飲みこんだ。念のため、口先だけの謝罪をしておく。
「す、すんません。思いのほか撮影が長引いて……」
「言い訳すんな」
「……俺には仕事もあるんで」
「だから? 遅刻には変わんねえだろ」
「そのことは謝りましたよね? 聞こえなかったすか、先輩」
「てめぇこそ、聞いてなかったのか? 迷惑かけんなっつったよな? あ?」
「俺、ドラマ主演で忙しくてスケジュール調整大変っすけど、まあがんばります」
「てんめぇ……」
「――コホンッ!」
激昂する口論の最中、わざとらしい咳払いが響いた。
勇気の隣で待機する、もうひとりの副総長、汰壱の英断である。
「Time is money. 女王様がお待ちですよ」
チャコールグレーのパーカーを着た汰壱は、絵に描いたようなにこにこスマイル。でも目は笑っていないし、雷雲漂う背景まで見えてくる。
効果はてきめん。無事に鎮火した。
大階段の最上段で、ピンヒールが歌う。オフホワイトのショートパンツとジャケットを合わせたセットアップコーデの姫華が、おもむろに最下段まで下りてきた。
「では、始めましょうか」
発色のよい口紅が、赤々と光った。
「紅組の、残党狩りを」
周りが血わき肉おどるなか、成瀬の心はひどくざわついていた。
その言葉を聞いて盛り上がれる奴らの気が知れない。
本来、口にするのもおぞましい、禁句。
――紅組。
それは、10年以上も前。
裏社会を牛耳り、国内外に名をとどろかせていたヤクザの名称だ。
日本政府の息がかかった、異色の暴力団。
外面的には公安警察の特殊部隊、通称“クレナイ”として、主に難事件の捜査や処理を担っていた。
ある日、組織は内部崩壊してしまう。
組長を筆頭に、ほとんどの組員が瀕死状態で発見された。傷口が非常にきれいだったため、全員無事に蘇生されたものの、彼らが禁忌を犯していたことが発覚する。
秘密裏に、人身売買が行われていたのだ。
関係者全員に、終身刑が下された。
が、警察の目をかいくぐり、逃亡に成功した者が10名ほどいた。指名手配犯として捜索するも、覇権を握っていた組織の人間が只者なはずもなく、なかなか尻尾をつかめない。5年後には懸賞金もかけられ、今もなお捜査が続いている。
どうやらこの街のどこかに紅組の本拠地があったらしく、もしや指名手配犯が近くにいるのではないかと、住民たちは常に警戒していた。当時の恐怖を知らない子どもたちにも、都市伝説のごとく脈々と語り継がれている。
それもあって、名実ともにトップに立つ神雷の存在が、町のよりどころになっている。