Q. ―純真な刃―
それほどおそれられる極悪人を、自ら狩りに行く。それはたしかに、自警団と名高い神雷の活動としては不自然ではない。
正気の沙汰でもない。
(……最悪だ)
成瀬は臓器に猛烈な痛みを感じた。心臓、いや、胃のあたりだろうか。渦巻いているのは、昼に食べたサンドイッチか、あるいは年季の入った後悔か。
逃げられるものなら、逃げている。
できないから、ここにいる。
「今宵のターゲットは、懸賞金1000万の中年男性。現役のころは、組長の右腕にあたる“三銃士”という役職に就いていたほどの実力を持っていたそうよ。偽名と整形でうまく町に紛れこんでいたようだけれど、違法賭博で身元が割れてしまい、今もどこかで身をひそめているわ」
姫華が合図を出すと、汰壱が携帯を操作した。通知音が続々と鳴る。
成瀬も携帯を確認した。昨晩の歓迎パーティーで無理やり参加させられたグループチャットに、今あげられた情報がずらりと送られていた。
「千間さんの情報網、相変わらずすげえな」
「いつも助かる~!」
「女王様の荷が軽くなってるといいよな」
「俺らもがんばろ」
ホールでは、ポジティブな会話しか聞こえてこない。無駄にやる気満々で、試合前の部室のようだ。
ふたたび携帯に通知が来た。
「男の隠れ家候補は、3つ。同時に突撃しに行くわよ」
星印のついた地図と、詳しい位置情報が3つ。そして、指名手配写真と、監視カメラから抽出したであろう現在の写真が数枚。
あっという間に物騒なチャット欄のできあがり。
それから、総長から副総長へバトンタッチし、3チームの編成と作戦の共有が始まった。チームは姫華、勇気、下っ端のリーダー格を中心に分けられ、汰壱と下っ端数名がたまり場で指揮を執ることとなった。
姫華のチームに組まれた成瀬は、自分の心音のせいで、作戦概要をうまく聞き取れなかった。
気づいたら話は終わり、各自準備し始める。ずいぶんと手慣れた空気だった。長らく捜索が難航していた指名手配犯が、ここ数年で急激に逮捕されていっているのは、十中八九彼らのおかげだろう。
その渦中には、絶対、彼女がいる。
我らが女王が。
――あの館は、神雷のもの。立ち入ったら最後……女王の贄となるだろう。
その贄とは、何の、誰のことだったのか。
気づいてしまった成瀬は、無意識のうちに姫華の元へ走っている自分がいた。
「円? どうし……」
「危険だ!」
色白な手を、ぐっと握りしめる。いくつもの修羅場をかいくぐってきたであろう、凹凸のあるざらついた感触。
成瀬はたまらず声を荒げた。
「命がいくらあっても足りない! こういうのは警察に任せ……」
姫華は手を払い落とした。
熱のこもる成瀬に冷水を浴びせるように抑揚なく言い返す。
「私が神雷にいる理由は、ただひとつ。紅組を捕まえるためよ」
「っ、」
据わった三白眼は、きらびやかなシャンデリアの光をひとつたりとも寄せつけない。闇、一色。
「あなたはついてこれるかしら?」