Q. ―純真な刃―
君は誰
地元で一番栄えている繁華街から、道をそれた先にある、外れの町。
とたんに閑散としたそこに、まるで町の象徴だったかのようにたたずむ大きな洋館が、心許ない月明かりに照らされていた。
「ここか……」
その洋館の前で、少年、成瀬 円は足を止めた。
手に持っている、簡易的な手書きの地図と照らし合わせ、やっぱりここだと確信する。してすぐに、本当にここなのか、どうしようもない不安がよぎった。
周囲の荒地に忘れ去られたボロボロの空き家を4棟足してもあまりある、洋館の膨大な敷地は、例に漏れず廃れた雰囲気をまとっている。
腐った跡のあるツタと黒煙の汚れに覆われた屋根と壁。
泥でまみれたタイヤ跡であふれ返った玄関前。
錆びついた窓と、閉め切ったカーテンによって内側から光の漏れない陰鬱としたオーラ。
そんな不清潔な外観に反して、玄関の扉や窓枠などところどころに施された黄金の装飾は、どれも手入れが行き届いていて光沢がある。
空気はとても澄んでいて、異臭がしないどころか、庭園に咲き誇る深紅の薔薇の香りで満ちている。
だから、よけいに怖い。
何かある。
ここには何かがある。
成瀬はしばらく立ち尽くしていた。得も言われぬ恐怖に、らしくもなく足がすくんで動けなかった。
街から追い出されたようなこんなへんぴな場所に、人が住んでいるとは思えない。幽霊の住処だと言われれば、納得できてしまいそうだった。
逃げてしまおうか。元より来たくて来たわけじゃない。仕方なくこの地図のとおりに来ただけだ。こんなところに用はない。やめてしまえばいい。何もかも。
けれど、わかっている。
ここまで来てしまえば、もう、逃げられない。
彼は、知っている。
ここに何があるのか。
その正体を。
彼だけではない。この街に住む者ならば、誰もが一度は耳にしたことはあるだろう。知っていたらふつうは近づかない。
ガキ大将の度胸試しも、ミーハーなLJKのお遊びも、会社員の嘲笑う肴も、老人の確証のない否定も、その噂には何も効かず、ひれ伏すほかない。それほど有名で、異質で、怪しい噂。
絶対的な、暗黙の了解。
――あの館は、“神雷”のもの。立ち入ったら最後……。