Q. ―純真な刃―
遡ること、8時間前。
『──アクションッ!』
都内某所のスタジオ。
カメラ、照明、音声、多くの機材とそれ以上のスタッフに囲まれながら、青い袴を羽織った少年、成瀬は精密に作られた模造刀を振りかざした。
『俺の名は、土方 トシヤ。土方 歳三の弟だ!』
『……カット!』
カチン、と音が響いたのを皮切りに、スタジオ内は忙しなく動き始める。
新年一発目に放送を予定している月9ドラマ。
【純真な刃】
新選組壊滅後、タイムスリップしてきた男子高校生・トシヤが、土方歳三の弟と騙り新たな新選組を立ち上げ、戦い抜いていく物語。
その撮影が、今日ついに始まった。
12月の寒さをもろともしない荒い息遣いが立ち込めるなか、主役のトシヤを演じる成瀬はひとり、熱をあげることなく、持っていた刀をすぐさまスタッフに放り投げた。
呼びかけるスタッフの声も聞かずに黙って歩いていく。大きなカメラの、その隣、男性特有の肩幅ががっちりした背中の元へ。
ひときわ広く感じるその背中が、今、振り返ろうとしていた。
『円! ちょっとこっちに……』
『もういます』
振り返るより先に、成瀬は横に並び立つ。
成瀬よりも頭ひとつ分大きな男は、名を風都 誠一郎といい、この現場を取り仕切っている。背丈だけでなく権力も一番でかい人間だ。
これまで映画を専門に携わり、数々の賞を総なめにしてきた名監督であり、齢40にして早くも映画作りで右に出る者はいないとまで噂されている。
そんな彼が初めてドラマに挑戦するということで、放送前からすでに話題を呼び、期待値が日々更新されている。
それでこの熱気だ。
あの風都監督と一緒にやれる。最高の作品をつくってやる。がんばりたい。今にも湯気がわきそうなほどやる気に満ちあふれ、現場の士気は自然と上がり続けていた。
ただひとり、主演を除いて。
『なに、監督』
『よく呼ばれるってわかったな』
『本読みのときもリハのときも呼んでたじゃないですか』
『なら呼ばれる理由も自覚してるってことか』
『……はあ』
肯定ともとれるため息に、風都はやれやれと肩をすくめ、カメラ横に設置されたモニターに手を置いた。
モニター画面に、撮りたてほやほやの先ほどのシーンが流れる。昼休憩をはさみ、ヘアメイクやセットの手直しを完璧に仕上げてからの撮影だったからか、1分も経たずに終わるにしてはもったいない華やかさがあった。
太陽の下を生きているとは思えない透き通った白い肌を、戦闘中の汚れをイメージしてわざとすすけさせてもなお、美しさを損なわない浮世離れした顔立ち。
銀の光のすべる刀を振った瞬間、あでやかになびく衣装と、ドラマのために肩に触れるほど伸ばし、黒く染めた髪の毛。
なんてことのない立ち姿さえ、戦国時代の舞台セットも相まって、凡人には出し得ない圧倒的な存在感を放っていた。