Q. ―純真な刃―


とてもじゃないが、役柄と同じ高校1年生には見えない。

芸能界デビューは高校入学とほぼ同時期。つまり、まだ1年も経っていない。

その華は、生まれ持った才能と評するほかなかった。


まさになるべくしてなった本物の主人公。次世代のスター。

そう世間に騒がれる成瀬が、初めて連続ドラマの主演に抜擢されたことも、ドラマの話題性をぐんと高める所以のひとつであった。




『かっこよく撮れてるよな』

『……』

『だが、何も感じない』




もてはやす世間の声をぶった斬る、風都の鋭い一言。

またか、と成瀬は思いながらも、相槌代わりの返事をするだけだった。




(何も感じない……。言われたの何回目だ? まあそうか。そうだよな。よくわかってるよ)




さすが監督。見る目はたしかだ。噂されているだけはある。かっこよく映っているのもきっと監督の腕なんだろう。

映像作品への出演は数回、一度だけ運よく映画の主演を務めたことがあるくらいで、あくまで主戦はモデル業。演技経験は少ない。

口から吐き出すのは、単なるセリフ。何の意味も持たない。空っぽなのだ。

そんなことは理解していながら、中身を詰めようともせず、ずっとふたをしたまま平然とやり過ごす気でいた。




『お前は誰だ』




突然の問いかけに、虚を突かれながらも答える。




『……俺は、俺ですけど』

『いいや』

『は?』

『土方トシヤだろう?』

『……』

『ここは仲間のピンチでようやく覚悟を決めて戦うシーンだが、円、お前のトシヤに覚悟はあったか?』

『…………OKを出したのは監督でしょう』

『ま、主人公感が出てるのは事実だしな。及第点だ』




及第点。バカは騙せても、わかる人にはわかってしまうぎりぎりのライン。本読みやリハのときから変わらない評価だ。

今のお前にはこれ以上は無理だ、と暗に告げられているようだった。


成瀬に悔しいなどという感情はない。むしろ意外だと少し驚いていた。

あの名監督である彼が、まさか本番でも妥協を許すとは思っていなかったのだ。

リテイクが続き、時間が押すかもしれない、そっちの覚悟は一応していた。かといってふたを開ける気もなく、どうにか騙せやしないか考えていたところだった。




(一発OKはありがたいけど……いいんだそれで? それとも失望? 諦め? 別に降板してもいいんだけど)




風都の顔つきに、それもちがうかとはっきり思った。

老いではなく40の年齢をきれいに積み重ねた、凛々しい大人の香りのするその顔には、一切の翳りもなく、夜明けのようなやさしさを帯びていた。


妥協でも失望でもない。

許容だ。


わかろうと、わかりたいと、歩み寄っているのだ。


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