Q. ―純真な刃―
『お前はどうしてここにいるんだ?』
『……オファーくれたからでしょ?』
『この業界にいるのも成り行きか?』
『まあ……そうっすね。スカウトされて、じゃあ、つって。それなりに稼げますし』
『言われるがままか。人を殺せって言われたら殺すのか』
『は? 極端。俺だって心のノートくらい持ってますから』
真面目に言う成瀬に、ふ、と風都は噴き出した。モニターに置いていた手を成瀬の頭の上へ移すと、『ああよかった、そうだよな』とセットされた黒髪をとかすように撫でた。
とてもあたたかい手だった。
数回頭の上を往復すると、あっけなく離れ、すぐにペンを抱えた。そこらへんにあった紙切れに線を引いていく。
『よし』
『……?』
『円、このあと予定は?』
『ない、けど……』
『よかった。じゃあ撮影が終わったらここに行くといい』
渡された紙切れには、どこかの地図が記されていた。
『なにこれ』
『円は俺と地元同じだったよな』
『え? ああ……そういえば……?』
顔合わせのとき、軽く挨拶しがてらそんな話をしたような気がする。だが、それがなんだと言うのだ。
『なら行けばわかるよ』
風都の迷いのない眼差しに、思わず息を呑んだ。
手のひらと同じあたたかさを感じるその目。その上に深く刻まれた古い傷痕が、一転して、ほのかな凄味を孕んでいて背筋が震えた。
まさかと思った。
地図を見返し、もう一度風都を見やれば、不敵に笑いかけられる。
『お前に、俺の名をやろう。今日からお前が――“侍”だ』
『さ、さむらい? 俺の名って……』
『そこに行ったら、そう名乗れ。迎え入れてくれるはずだ』
いっこうに答えを教えてもらえず、成瀬はわかりやすく困惑していた。まさか、と思い当たってしまった考えに、現実味が増していくばかりで頭が痛くなる。
せめて理由だけでも問いただしたかったが、タイミング悪く次のシーンの準備が整ってしまった。スタッフに呼ばれ、スタンバイしながら、仕方なく地図の示された紙切れを懐にしまいこむ。
その一挙一動を、風都はちゃんと見守っていた。
“侍”。何十年ぶりかに口にしたその名は、とてもなつかしく、いとおしく、けれどやはり少し痛い。あの袴のように青々とした記憶が、脳裏を駆けめぐる。
よみがえるかつての自分に、成瀬の姿を重ねた。
(円。お前なら大丈夫。たとえ失っても、忘れても、大事なものは消えやしない。
──行ってきな、あいつらのところへ)
撮影が始まる。
カメラ横の椅子に座り、台本片手に合図を送った。よーいアクション。物語が、動き出した。