Q. ―純真な刃―
「ぎぃやああぁぁぁ!!?」
現在の時刻、21時半過ぎ。
怖いくらい静かだった洋館から、突如、お化け屋敷でしか聞かないような絶叫が響き渡った。
玄関の扉に手を伸ばしかけていた成瀬は、反射的に手をひっこめた。
(な、なんだ? 中で何が起こって……)
直後。
バァン!!!
触れてすらいないはずの扉が、勢いよく開かれた。
吹き飛ばされかけた成瀬の足元に、絶叫とともに鉛のような重みが転がってくる。おそるおそる見下ろせば、見知らぬ男が倒れているではないか。
20代後半だろうか、苦しそうに咳き込む男の血反吐で、靴が赤く濡れていく。
(な、何が……いったい何なんだよ……!)
ここに人が来ることは滅多にない。ここの住人なのだろうか。そうでなければ、選択肢はあとひとつしか残されていなかった。
震え上がる心臓。乱れる脈拍。鈍る思考。
身体が重い。ぐわんぐわんと揺れているような、下へ下へと沈んでいるような、形容しがたい気持ち悪さに襲われた。
(監督は行けばわかるっつってたけど……けど! よりにもよって……!)
正直、予想はしていた。そんなまさかと信じられずにいた。今も本当は信じたくはない。
それでもゆっくり、ゆっくり、肩に担いでいる稽古用の木刀を手に持ちかえる。監督が念のためにと持たせてくれた物で、服装も動きやすい稽古着のほうがいいと助言を受けていた。
そのときから心の底では覚悟していたのだ。
自分の身は、自分で護らなければ。
ここは、そういう場所だ。
「あら。またお客様?」
コツ、コツ、コツ。
館の中から、また、聞こえてきた。
「あなたも、私たちに用かしら?」
甲高いヒールの音。
夜空を牛耳る月の光を奪い尽くしたかのような、黄金の髪。
弧を描く、真っ赤な口紅。
木刀を構える成瀬の前に現れたのは、陶器でできた人形と見まがうほど気高く、隙のない、小柄な美少女だった。
「ようこそ、神雷へ」
――神雷。
治安が悪いことで有名なこの街を、裏から統べる、最強で最凶の不良集団。
弱肉強食、力こそすべての世界で、5本の指に入るほどの実力を持ちながら、一部からは自警団のように崇められている、世にも珍しい暴走族である。
暴走族だなんて時代遅れにもほどがあるが、そうバカにできないくらいここの治安は本当に終わっていて、物理的に支配してくれる存在は、当然おそろしいものだが、その実、頼もしくもあった。
しかし、いざ近づくとなると話は変わってくる。
神雷には隠れファンも多いらしいが、空気を読まず騒ぎ立てるようなバカはいない。
誰だって敵に回したくはないのだ。ふつうに生きて、ふつうに暮らしていたい。それは成瀬も同じだった。
だがもう遅い。
テリトリーに立ち入ってしまった。
そう、ここは、この洋館は――誰もがおそれる、神雷のたまり場なのだ。