不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
俺と翠が出かけることは誰も知らない。うちの心配性でお節介な先輩たちすら知らない。
だから、翠との約束に風間さんの企みが被ったのは偶然だろう。最悪な偶然だ。
すでに19時は回っている。翠は俺を待っているだろう。俺が予約したから発券もできない。シアターのロビーで俺の携帯に連絡を取ろうとしているに違いない。

「風間さん、いい加減にしてください」
「いい加減にしてほしいのはこっちよ。斎賀くん、全然誘いに乗ってくれないんだもん」

風間さんが立ち上がり、つつっと近づいてきた。間近で俺を見あげる表情は、何人もの男をものにしてきた“イイ女”の顔。

「私、結構抱き心地いいと思うんだけどなあ。一回くらい試してみようとか思わない?」
「女性と遊びでそういうことをする気はないんですよ」

俺の言葉には苛立ちが滲んでいるだろう。普段はざれ言でいなすことが、この状況ではできない。

「遊びじゃなきゃいいの?それなら、斎賀くん、私あなたが好き。本気よ、付き合って」

風間さんが潤んだ目で俺を見あげる。

「あなたが入省してきたときから気になっていたの。婚約者がいるって知っても諦めきれなかった。あなたの恋の最後の相手になれるなら、私がなりたいの」

俺の腕に手をかけ、キスを迫るように唇を寄せささやく。

「結婚前の最後のときめきよ」

俺は彼女の両腕を外側から持ち、ぐいと身体から引き離した。
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