不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
局長の言葉に、雁金さんが携帯のメッセージで答える。

『引き続き、張り込みます。黒瓦組の車が横づけされたので、若頭の方はひと足先に出るかもしれませんね』
「出のタイミングを狙いましょうか」

局長とはバラバラに席に戻る。
どきりとした。席に翠がいないのだ。
トイレ……のわけないだろう、このタイミングで。

顔をあげれば案の定、VIP席近くに忍び寄る翠の姿。おそらくは戻る席を間違えたとか酔っ払いの言い訳をするつもりだ。あいつの手に着けた華奢なブレスレットにはカメラが内蔵されている。それで、若頭とK省二人組の同席シーンを撮るつもりなのだ。

翠は馬鹿ではない。功を焦って足を踏み外すような真似はしない。
だから本人は勝算があると思っているのだろう。しかし、今回は駄目だ。判断ミスだ。

大声をあげて呼び寄せるわけにもいかない。俺はそっと翠の後を追う。局長の席を見やると、局長夫妻もまた翠の接近に気づいて固唾を飲んでいる。

翠は階段を上り切り、中二階にあたるVIP席のくぼんだスペースへ近づいた。黒のレースのカーテン奥にはターゲットがいる。
今ここで俺が走って行って翠の腕を掴めば、確実にターゲットに騒ぎを見咎められる。そっと近づいたのでは間に合わない。息を詰め、それでも早足で翠に近づく。

すると、VIP席の中、レースの隙間からにゅっと手が出てきた。

「きゃ!」

翠が小さく悲鳴をあげる。腕は翠を掴み、そのままずるずるとカーテンの向こうへ引きずり込んだ
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