不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
「なんだ、おまえ」
「彼氏クンか?」

せせら笑う男たちに向かって、俺は睨みをきかせた。といってもサングラスをしているので、よく見えないだろうが。

「人の女に手ぇ出そうとしてんじゃねえぞ」
「いやいや、もう彼女はこの人のモノだから」
「ごめんねえ、彼氏クンはおとなしくおうちに帰んな」

目の前には六人、下のフロアには部下がいるだろうか。そして、外の車付近には何人いるだろう。
翠が俺の腕の中で小刻みに震えている。怖い思いをしただろう。馬鹿め、自業自得だ。でも、おまえを守るのは何があっても俺だ。

「も、いいや。殺しちゃって」

若頭が下卑た笑顔で命令した。それと同時に脇に控えていた男ふたりが俺に向かってくる。俺は瞬時に翠を背後にやった。
相手はチンピラふたりだ。殴りかかってきた最初の男を左肘で受け、そのまま右拳を腹部に叩き込む。流れで、もうひとりの拳を右手ではじき、その勢いで前蹴りを腹部に見舞った。
膝をつき、尻餅をついて呻く連中だが、完全に倒せてはいない。すぐに立ち上がって向かってくることはわかる。
残念ながら、俺の攻撃は不意打ちだから成功したに過ぎない。素人が複数人相手に喧嘩なんてできやしないのだ。そして若頭の横に控える大柄な側近はあきらかに何かの武道の有段者だ。俺がひとりで近づいて制することができる相手ではないだろう。

最初の交戦から、考えをまとめあげるまでは一瞬。
次の瞬間、俺は翠を抱え上げ、中二階から飛び降りた。客から悲鳴があがる。
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