不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
8.おまえのことが好きだから
八月、昼下がりの郊外のジム。ミストサウナ内で、俺は長親健三郎と会っていた。
本件の有力な情報提供者に捜査状況を伝えるためだ。
「振り込め詐欺のグループには今週中に手配がかかります。タイとシンガポールの海外拠点で現地警察が準備を進めています。同時に黒瓦組に手入れが入るでしょう」
俺と長親氏しかいないとはいえ、声は低く手短に伝える。彼を監視しているサイドの人間には絶対に漏れてはならない内容だ。
「鬼澤事務次官にも捜査の手が及ぶということですね」
長親氏は神妙に頷いた。
彼の言う通り、本件はK省と財務省で内々に済ませられる事件ではなくなった。振り込め詐欺グループの拠点を世話していたのがT建設、ひいては鬼澤だということは、すでに捜査本部に把握されている。鬼澤本人の逮捕状も早い段階で出るだろう。
「現職事務次官の逮捕です。さらにはあなたの娘婿のいるT建設も捜査対象です。オリンピックイベント会場を巡る不正な金の動きは、海外にも悪印象ですから、厳罰化しておきたいというのが内閣の考えですね」
K省側は鬼澤の逮捕は避けたかったというのが本音だろう。K省大臣は次期総理候補だ。事務次官の任命責任に大臣も内閣もやり玉にあげられる。鬼澤自身に相応の弁済をさせ、体調を理由に職責を退く方向で話を進めたかったのは間違いない。
しかし、鬼澤を逃がしきれないだけの証拠がそろってしまった時点で守るのはやめたのだ。
トカゲのしっぽ切りだ。鬼澤が長らく部下たちにやってきたことが身に返ってくる。