不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
翠を大事に想えば思うほどこのままでいいものかと迷いが生じる。

翠は才気あふれる人間だ。根性もあり、粘り強い。仕事への意欲も高い。
しかし、このままいけば近い将来、翠は俺と結婚し、斎賀の跡取りを産むことになる。仕事の面でいえば、キャリアの中断だ。

もし、財務省に戻ってこられても、同じ分量の仕事はこなせないだろうし、祖父たちはそれを望まない。翠に家庭を守り、一族を繁栄させるため子を産み続けることを強要するだろう。

翠は特務局にいる限り、斎賀の生き方から逃れられない。
俺の妻である限り、斎賀の本流に組み込まれる。

翠だって納得づくでここまで来ているだろう。分家とはいえ斎賀に生まれた以上、道を強いられることから逃れられない。

だからこそ、俺は自分にできることを考えてしまう。
翠の人生を縛りたくない。翠のことが好きだから。
俺と斎賀のために人生を歪めてしまいたくない。


特務局のオフィスに戻ると、室内は騒然としていた。
局長が入ってきた俺の顔を見て言う。

「豪、朝比奈がお手柄だぞ」

局長や先輩方に囲まれ、翠が照れた顔をしている。自分の感情を隠すのが苦手な方なので、嬉しいという気持ちが照れ笑いに滲んでいる。

「なにがあったんですか」
「黒瓦組の振り込め詐欺の件、タイ拠点の連中に逃走の動きがあったんだよ。それを朝比奈が掴んだ。今さっきのことだよ」
「現地警察と、警視庁からの先発隊が動いてガラを押さえたそうだ」

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