不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
「俺が行きます」

電話を切り、立ち上がるとすでに会計を済ませた祭が、外でタクシーを停めてくれている。

「すっごいやだけど俺も行くよ。豪ひとりじゃ心配だし」

祭は顔をしかめながらタクシーに同乗する。翠に何かあったとき、祭がいてくれるのは精神的にありがたい。

「局長が応援を要請してくれているとは思うけどな」

黒瓦組の本部事務所は有楽町からもさほど遠くない。タクシーで到着したのは一般企業の名を冠したオフィスビルだ。所謂フロント企業の名前を出しているが、ここが黒瓦の本部となる。

エントランスには公安関係者だろうスーツ姿の男やあきらかに黒瓦の構成員である柄の悪そうな男たちが十数名集まっている。女性の大声が聞こえる。おそらくは輪の中心で騒いでいるのが若頭の愛人だろう。ちらりと姿が見える。

一見して翠の目立つ姿がここには見えない。

「祭、裏手を見てこよう」

ビル横の狭い通路を進む。人ひとりがやっと通れる程度の隙間だ。配管やゴミを避け進むと、すぐに声が聞こえてきた。

「離しなさいよ!」

どきりとした。翠の声だ。

「そういうわけにはいかねえよ。キャバ嬢かと思ったら公安のクソアマだったとはな」

男の下卑た怒声も聞こえる。俺は後ろに来ている祭を制し、立ち止まった。じりとつま先を進める。

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