不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
セミスイートに入り、豪の無線を片耳に、もう片方に盗聴器の音声を拾うイヤホンをつけた。待機から一時間、ようやく動きがあった。

「部屋のドアが開いたわ」

豪に無線で伝える。

「ルームサービスや来訪者じゃない。近づいてくる音は何もなかった」
『鬼澤が部屋を出たな。確認してくれ』
「了解」

ドアに耳をつけ、外の音声をさぐる。防音効果の高いドアと廊下に敷き詰められた毛足の長いカーペットのせいで足音はよく聞こえない。
そっとドアを押し開けると、エレベーターホールにいる鬼澤が見えた。エレベーターに乗り込むのを待って部屋を出た。
エレベーターはこの15階にしか止まらない専用機と一般のエレベーターに別れる。一般のエレベーターに乗り込んだ様子だ。
停止階は10階。エレベーターはしばしそこから動かないので間違いないだろう。

「10階だわ」

豪に言いながら、私は階段を駆け下りた。カーペットのおかげで騒々しくはならないけれど、同時にヒールだと足を取られる。駆け足は大変だ。

『了解、10階に向かう』

10階に階段で到着すると、廊下は静まり返り、鬼澤がどの部屋に入ったかわからない。
幸い、階段から少し身を乗り出せば、10階の部屋のドアはずらりと見える。出入りがあればわかるし、階段は奥まっていて、身を隠すにはちょうどいい。
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