不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
声が漏れると困るので、豪にメッセージを送る。

『T建設会長に顔を見られた。離脱する』

豪からはすぐに返信がきた。

『了解。ひとまず一階に降りてこい』

隣の男子トイレが空になるのを待ち、そっとトイレのドアを開けると、ちょうど1008号室の前で黒瓦の若頭とT建設会長が話しているところだ。
廊下は直線。私は薄くドアを開けた状態で、右手のひらに仕込んだカメラを起動させる。
ふたりのツーショットを納められたのはよかった。三人が接触していた事実に限りなく近い証拠になる。

今の失態の名誉挽回!……にはならないか。最低限の仕事をしただけだもんな。

とにかく離脱だ。連中がこちらに気づかれないうちに階段へ退散……と私が移動し始めた時だ。

「ねえ」

後ろから声をかけられ、私はぎくりと固まった。

「きみ、パーティーの参加者?」

振り向かずに済ませたかった。しかし、それも不自然だ。
おそるおそる顔を向けると、そこには黒瓦組の若頭がいた。入れ違いにトイレに来て、私の後ろ姿を見つけたのだろう。

「えぇ」

私は消え入りそうな声で答えた。まずい。この男にまで顔を見られてしまった。

「顔色悪いじゃん」
「酔ってしまったようで」
「俺の部屋で休んでく?」
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