不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
「外でメシを食ってくるつもりなんだ」

昼休み到来と同時に、身を乗り出して小声で告げる。あっさりとした返事が返ってきた。

「あっそ。私、お弁当だから」

おまえなあ……。
あらためて翠を誘う難しさを感じる。多少はこっちの意図に気づけ、この鈍感。かつてこいつにアプローチをかけ、こいつと付き合ってきた男たちは、どうやってこの鈍感を誘い出したのだろう。直接的に話があるからと呼び出す他ないのだろうか。俺も携帯でメッセージでも送ってみるか。いや、そういう仰々しいやり方は嫌なのだ。飽くまでさりげなく、何かのついでで誘ってみる、くらいのスタンスがいいのだ。
張り切って翠をデートに誘う俺、……そういう構図は御免だ。

「あ、豪」

翠が思いついたように言う。

「帰りにコンビニでお菓子買ってきて。小包装されてるちっちゃな大福とかチョコレートとか。みんなお疲れみたいだから、甘いもの差し入れしたいんだよね」

千円札を渡してくる翠は、彼女なりに周囲に気遣いを見せているらしい。俺にも気遣いを見せてほしいものだ。

「わかったよ」

俺は千円札を受けとり、昼飯のために外へ出た。
官公庁街の霞が関は、それだけ人も多く、昼食を食べるところも実は結構ある。夜は小料理屋、昼はランチ中心の定食屋みたいな店でさっさと済ませ、本庁舎内のコンビニで翠指定の袋菓子を購入して、特務局のあるフロアへ戻った。

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