不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
翠は翠なりに俺を婚約者だと思い、独占欲があるのだろうか。恋愛感情に基づくものではなくても、自分以外の女と軽々に深い仲になるのは嫌なのだろうか。
俺も分別がないわけじゃない。大人になってからは女性は寄せ付けずに生きているつもりだ。翠が心配する必要はないのだ。

しかし、これは直接本人に伝えた方がいいかもしれない。その流れでデートに誘えばいい。
考えながら、わずかに心が落ち着いてくる。
そうか、俺と他の女性に嫉妬するなんて翠も可愛いところがあるじゃないか。俺が『おまえだけだ』なんて優しく言えば、案外あの跳ねっ返りは素直に喜ぶかもしれない。俺の接し方次第で翠をコントロールできるなら、それが一番いい。翠は反抗的でさえなければ優秀なパートナーなのだから。

タイミングを計るのはやめだ。さっさと済ませてしまおう。
俺は翠の携帯にメッセージを送った。
『勤務後、話がある』
『ブリーフィングルームに18時半』
ブリーフィングルームと言っても特務局のオフィス横にくっついている簡易な会議室だ。建屋自体が古い財務省に、近代的なミーティングルームを期待してはいけない。どちらかというと応接室前にある待機場所的な小部屋で、長机とパイプ椅子、古いエアコンがひとつくっついているだけの場所だ。各人の予定が書きこまれたホワイトボードを見れば今日は誰も使う用事が入っていない。

定刻、オフィスはまだ人も多く出入りがあるが、俺はさも仕事に集中したいとでもいうように書類をまとめて、ブリーフィングルームのドアを開けた。ほどなくして翠も入ってくる。
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