不本意ですが、エリート官僚の許嫁になりました
「朝比奈」

声をかけられ、私ははっと顔をあげた。局長が私の顔を覗き込んでいる。

「はい、なんでしょう?」

つっかえずに答えられたことにほっとした。局長はにこっと笑って言った。

「お昼、外に食べにいかない?」
「よ、よろこんで」

今度はどもってしまったけれど、どうにか言葉になった。局長にごはんに誘ってもらえるなんて嬉しいことだ。鞄の中にある菓子パンは残業時の夜食にしよう。

虎ノ門方面へ歩き、局長に連れられてきたのは小料理屋だった。お昼時は夜の価格より安めの定食を提供している。このあたりではよくあるタイプの店だ。

煮付けが美味しいというので、かれいの煮付け定食を頼む。ごはんは大盛、しらすおろしの小鉢も追加だ。だって、しっかり食べないとお腹が空くんだもん。

「朝比奈が元気がないってみんな心配してるよ」

局長が言う。元気がないと心配されながら、大盛ごはんを食べる私って……。いや、これはたぶん、私と豪の間に起こっていることについてだろうな。

「すみません。元気がないつもりはなかったのですが、注意力が散漫でした。気を付けます」
「そういうことじゃなくてさ。豪と喧嘩でもしたのかなあって」

私は押し黙った。
局長は今、豪の伯父として話してくれている。しかし、私にとっては上司でもあるわけで、職場で婚約者との不仲を見咎められたことを恥ずかしく思った。

「私生活と混同しているように見えたら申し訳ありません。今後、そのようなことがないようにします」
「今は家族として話してほしいな。親戚のおじちゃんにさあ」

おどけて見せる局長に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。気を遣わせてしまっている。
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