God bless you!~第14話「森畑くん、と」
★★★右川カズミですが……だったら、沢村にも言ってやったらどうだろう
港北大学正門前。
試験当日の朝。
〝コレサワ〟は遠くから、隠れて様子を窺う。
そこは大きくて、清潔感漂う綺麗な大学。羨ましくて仕方ない。
アギングが入っていくのを肉眼で確認。そこにヒデキがいて、激励中。
重森も……居やがった。すぐ隠れた。相変わらずの仏頂面で向かっていたな。その背中に向かって、落ちろ落ちろ落ちろ……呪文を唱える。
そこへ、「うりゃ」と、森畑が後ろから声を掛けてきた。
こいつには見つかってしまった。
「彼氏の激励か」と聞いてきた。「そだね」と答える。
「その適当な返事、どうにかしろよ。NOと区別がつかねーだろ」
これはまともに答えたんだけど、付属のくせに、その辺の微妙なニュアンスが分からないらしい。それを思えば、沢村は賢い。
「てゆうか、おまえ自体、もうどこか決まったの」
「るっさいな。まだだよ」
「オレは潮音より新里がいいな。スレてないから」
「あんたの好みは聞いてないよ。何度も言わせんな」
その時、森畑の肩先向こう、ずっと後ろの方から、沢村が歩いて来るのが見えた。森畑はそれを察してか、「じゃな」と先に消える。
沢村は、あたしを見て驚いて、まず立ち止まった。
ちょうど通り掛かった同じ塾の女子?に声を掛けられて、「あ、うん」とか何とか答えている。何だかこっちには分からないやり取りをして、その女子はあたしの側をすり抜け、大学に入っていった。
走って駆け込んでくる子たちもいた。
もうじき始まる雰囲気が見て取れる。
あたしをジッと見たまま、沢村は何も言わない。
あんまり機嫌のいい顔じゃなかった。まさかと思うが、ここまで来て、受けるの辞めるとか言い出すんじゃないかと不安になる。
「森畑、凄く元気そうだった。安心したよ。右川のおかげかもな」
第一声がそれ。
どこまでも〝優しい〟態度だな。まだ言うか。
「オトモダチの事なんかどうでもいいでしょ。あたしが何で今ここにいるのか、聞かないわけ?」
ラインで訊いたから。
って、そんなつまんない突っ込み。止めてよね。
ラインのスタンプ。〝はたらく細胞〟の白血球さんは、顔色の悪い真面目くんだ。今の沢村にぴったりだと思って、最近よく使っている。
途端、沢村の顔色がさらに悪くなった。
「何?」と不思議に思っていると、そのまま近づいてきて、あたしの首のペンダントを手にすくう。
「ほらぁ」と、あたしはドヤ顔した。
「いつもちゃんと、付けてるよ♪」と、にっこり笑って。
ところが、沢村の顔色が増々悪くなる。
「1月の誕生日……そうか。俺すっかり忘れてた」
一瞬で血の気が引いた。
あぁー……そうだった!
今の今まで、本人がすっかり忘れていたというのに、どうしてあんたが思い出すのか。それもこんな土壇場で。試験が終わるまで忘れてよ。気が付いたって言わなくていいよ。そこは遠回りするとこだよ。
……ヤバい。
沢村は、さらに深く沈んだ。そんな大事な事を忘れてしまう俺って、彼氏失格&だから森畑に譲る、とか思ってる顔だ。
「あ、いや、あたしも自分で忘れちゃってさ。てへ♪」と絵に描いたような気休め。
「そんなの、あんたが大学落ちてからでいいよ。倍返しでね。にゃは♪」も通じなかった。
いつものようにキレてくれる雰囲気じゃない。
まず、嫌がらせ自体に気付いていない。
「今日はさぁ、いちおう彼女だしぃ、彼氏の応援をぉ」と、右手で髪の毛をくるくる、ビッチ藤谷の声色を真似てみたけれど、全然届いてる感じが無かった。選択ミスか。アギングの方がよかったかも。
えーとえーと。
「〝想像通りの緊張感ね。なかなか痺れるわ。感性が破壊される前に片付けましょう〟」
なんちて♪
……。
沢村は笑う所か、ぴくりともしなかった。
言おうとする言葉、それを探すことすら諦めてしまった様子で、
「もう行くよ」
それだけ言った。
最高にマズイと思った
これから1番肝心な試験なのに。
余計な事を考えて途中で手が止まってしまうとか、そんな事で落ちたらヤバい。だけど言ってやる言葉が全然浮かばなかった。ケンカ文句はどんどん浮かぶのに。こんな肝心な時に限って。
もう試験が始まる。長考している場合じゃない。
好きだとかじゃ、本当に今更だ。彼女に好きだと言われたとて、その彼氏は誕生日を忘れるような酷い男だと……あいつの事だから、そんな余計な事をバカ正直に思い悩むに違いないと思った。
気を使ったとして、まるで慰められているみたいに感じたら、男のプライドがズタズタ。それも困る。
頭を抱えた。
ゆっくりと遠くなる沢村を見て、どうしよう!と気ばかりが焦る。
その時だ。
ふと、沢村の背中が、アキちゃんの背中と重なって見えた気がして……その背中から聞こえてきた、いつかのあの言葉が、あたしの脳裏に甦る。
それは、一瞬の勘違い。
その後で不幸のドン底に突き落とされてしまったけれど、あの勘違いの一瞬だけは、あたしは人生で1番、最高に幸せだった。
沢村も喜ぶだろうか。
嬉しいと思うだろうか。
だったら望みを掛けて、沢村にもドカンと言ってやったらどうだろう。
その背中を追いかけた。
「ちょっと待った!」
ちょうど校門前。沢村は、ぼんやりと振り返った。
「あのさ、受験終わったらさー……」
あたしは、生唾を飲み込んだ。
いつかの森畑にどことなく似ている。
沢村の顔は今にも泣き出しそうに見えた。
こんな大事な場面で泣かせたら、きっとあたしは自分が許せない。
先に言っておこう。この時、特に何の覚悟もありはしません。
大きく息を吸い込んだ。
「け、結婚しない?」
試験当日の朝。
〝コレサワ〟は遠くから、隠れて様子を窺う。
そこは大きくて、清潔感漂う綺麗な大学。羨ましくて仕方ない。
アギングが入っていくのを肉眼で確認。そこにヒデキがいて、激励中。
重森も……居やがった。すぐ隠れた。相変わらずの仏頂面で向かっていたな。その背中に向かって、落ちろ落ちろ落ちろ……呪文を唱える。
そこへ、「うりゃ」と、森畑が後ろから声を掛けてきた。
こいつには見つかってしまった。
「彼氏の激励か」と聞いてきた。「そだね」と答える。
「その適当な返事、どうにかしろよ。NOと区別がつかねーだろ」
これはまともに答えたんだけど、付属のくせに、その辺の微妙なニュアンスが分からないらしい。それを思えば、沢村は賢い。
「てゆうか、おまえ自体、もうどこか決まったの」
「るっさいな。まだだよ」
「オレは潮音より新里がいいな。スレてないから」
「あんたの好みは聞いてないよ。何度も言わせんな」
その時、森畑の肩先向こう、ずっと後ろの方から、沢村が歩いて来るのが見えた。森畑はそれを察してか、「じゃな」と先に消える。
沢村は、あたしを見て驚いて、まず立ち止まった。
ちょうど通り掛かった同じ塾の女子?に声を掛けられて、「あ、うん」とか何とか答えている。何だかこっちには分からないやり取りをして、その女子はあたしの側をすり抜け、大学に入っていった。
走って駆け込んでくる子たちもいた。
もうじき始まる雰囲気が見て取れる。
あたしをジッと見たまま、沢村は何も言わない。
あんまり機嫌のいい顔じゃなかった。まさかと思うが、ここまで来て、受けるの辞めるとか言い出すんじゃないかと不安になる。
「森畑、凄く元気そうだった。安心したよ。右川のおかげかもな」
第一声がそれ。
どこまでも〝優しい〟態度だな。まだ言うか。
「オトモダチの事なんかどうでもいいでしょ。あたしが何で今ここにいるのか、聞かないわけ?」
ラインで訊いたから。
って、そんなつまんない突っ込み。止めてよね。
ラインのスタンプ。〝はたらく細胞〟の白血球さんは、顔色の悪い真面目くんだ。今の沢村にぴったりだと思って、最近よく使っている。
途端、沢村の顔色がさらに悪くなった。
「何?」と不思議に思っていると、そのまま近づいてきて、あたしの首のペンダントを手にすくう。
「ほらぁ」と、あたしはドヤ顔した。
「いつもちゃんと、付けてるよ♪」と、にっこり笑って。
ところが、沢村の顔色が増々悪くなる。
「1月の誕生日……そうか。俺すっかり忘れてた」
一瞬で血の気が引いた。
あぁー……そうだった!
今の今まで、本人がすっかり忘れていたというのに、どうしてあんたが思い出すのか。それもこんな土壇場で。試験が終わるまで忘れてよ。気が付いたって言わなくていいよ。そこは遠回りするとこだよ。
……ヤバい。
沢村は、さらに深く沈んだ。そんな大事な事を忘れてしまう俺って、彼氏失格&だから森畑に譲る、とか思ってる顔だ。
「あ、いや、あたしも自分で忘れちゃってさ。てへ♪」と絵に描いたような気休め。
「そんなの、あんたが大学落ちてからでいいよ。倍返しでね。にゃは♪」も通じなかった。
いつものようにキレてくれる雰囲気じゃない。
まず、嫌がらせ自体に気付いていない。
「今日はさぁ、いちおう彼女だしぃ、彼氏の応援をぉ」と、右手で髪の毛をくるくる、ビッチ藤谷の声色を真似てみたけれど、全然届いてる感じが無かった。選択ミスか。アギングの方がよかったかも。
えーとえーと。
「〝想像通りの緊張感ね。なかなか痺れるわ。感性が破壊される前に片付けましょう〟」
なんちて♪
……。
沢村は笑う所か、ぴくりともしなかった。
言おうとする言葉、それを探すことすら諦めてしまった様子で、
「もう行くよ」
それだけ言った。
最高にマズイと思った
これから1番肝心な試験なのに。
余計な事を考えて途中で手が止まってしまうとか、そんな事で落ちたらヤバい。だけど言ってやる言葉が全然浮かばなかった。ケンカ文句はどんどん浮かぶのに。こんな肝心な時に限って。
もう試験が始まる。長考している場合じゃない。
好きだとかじゃ、本当に今更だ。彼女に好きだと言われたとて、その彼氏は誕生日を忘れるような酷い男だと……あいつの事だから、そんな余計な事をバカ正直に思い悩むに違いないと思った。
気を使ったとして、まるで慰められているみたいに感じたら、男のプライドがズタズタ。それも困る。
頭を抱えた。
ゆっくりと遠くなる沢村を見て、どうしよう!と気ばかりが焦る。
その時だ。
ふと、沢村の背中が、アキちゃんの背中と重なって見えた気がして……その背中から聞こえてきた、いつかのあの言葉が、あたしの脳裏に甦る。
それは、一瞬の勘違い。
その後で不幸のドン底に突き落とされてしまったけれど、あの勘違いの一瞬だけは、あたしは人生で1番、最高に幸せだった。
沢村も喜ぶだろうか。
嬉しいと思うだろうか。
だったら望みを掛けて、沢村にもドカンと言ってやったらどうだろう。
その背中を追いかけた。
「ちょっと待った!」
ちょうど校門前。沢村は、ぼんやりと振り返った。
「あのさ、受験終わったらさー……」
あたしは、生唾を飲み込んだ。
いつかの森畑にどことなく似ている。
沢村の顔は今にも泣き出しそうに見えた。
こんな大事な場面で泣かせたら、きっとあたしは自分が許せない。
先に言っておこう。この時、特に何の覚悟もありはしません。
大きく息を吸い込んだ。
「け、結婚しない?」