God bless you!~第14話「森畑くん、と」
★★★右川カズミですが……散々なクリスマス
それは、殺すぞ!という脅迫から始まった。
『殺すぞ!絶対許さない!ふざけんな!さっさと来い!』
『何企んでるか知らないけど俺に中途半端な言い訳は通用しないから』
『とにかく連絡だけでもいいから、ちゃんとよこせ。それぐらいやれ』
『生きてんのか?あと30分待っても連絡無いときは家に電話するぞ』
『どうした?もう怒ってないから連絡ぐらいはしてこい』
『今、何処だよ。途中まで行くから』
ひっきりなしに沢村からメールが来ていた。
正直、第一声というか、一文目で返信する気が起きなくなる。
マジで殺されると覚悟した。
だけど、その時のあたしは、沢村にブッ飛ばされる恐怖よりも、自分に起こってしまった事の重大さと驚きの事実に頭を抱えていて。
曰く、
親はいつのまにかハルミ塾と繋がり、あたしを夜間ではない大学に入れるため、周囲と連携をとって暗躍していた。ハルミは最近、夫婦の新居を建て替えるからと銀行から金を借り、その時に親父が保証人になる。その恩返しの意味もあったようだ。
帰れない逃げられない辞められない、お金もらってるから。
まさにその言葉通り。
〝浅野ハルミ〟
これは職場での名前。結婚してすぐに名前を変えると色々面倒なので、旧姓でいる事は普通にある。しかし、本名は……もうお分かりだろう〝山下ハルミ〟だ。
のぞみちゃんの話を聞いてすぐ家に電話した。
受話器の向こうからは賑やかな宴会の音が聞こえる。我が家のクリスマスに、アキちゃんも……ハルミも?いるというから驚くぢゃないか!
そこで、あたしの受験の事の次第、アキちゃんとハルミの結婚の次第、その全貌を教えられた。
「さっき沢村くんから電話あったぞ。おじさんには内緒にしてあるからな」と、アキちゃんは、ころころと笑う。
(マジか!?あいつ、本当に掛けやがった!?)
軽く混乱して、言葉を失っているうち、そこで電話をハルミに替わった。
「そうゆう事だから」とか言われても、まだ納得いかない。
ハルミは何を食ってるのか、耳元から、くちゃくちゃと音がする。
「大体あなたのあのレベル、短期間で何とかなると本気で思ってたの?甘い甘い。ま、今日はとりあえず見逃してあげるから、また明日から頑張るんだよ。抵抗してもムダ。今どこで誰と何やってんだか、お父さんにチクるからね」
あはは!と笑った。
ていうか、酔ってんな。
鬼。悪魔。ハルミ。内緒にしてやると旦那のアキちゃんが言うんだから、夫唱婦随、従うのが妻の役目でしょ!あと、まだ何もしてないよ!
……言う前に電話は切られた。
午後10時を回った。
『連絡くれよ。マジで心配なんだけど。一体どこに居んの』
沢村からこんな最新メールが来ていて、これならもう怒ってないだろうと思い、『……さーせん』と恐る恐る、沢村に返信した。
『とにかく、来い』となる。
ハルミ公認で、のこのこ彼氏に会いに行くというのも正直気が引けたけど、とりあえずは剣持ホテルに向かった。
寒空の下、その玄関先で、沢村は待っている。
冬の装いでキメて、マフラーで顔の半分を隠したら、遠目では誰だか分からない。ちゃんと大人らしく見えた。2度見しなかったらスルーしていたかも。ホテルに来て見ると、エントランスは小さくても美しく、まるでどっかの美術館みたい。
剣持金持ちは〝グレードはそこそこ〟とか何とか上から目線でカマしてくれたらしいけど、通された部屋はと見れば、小綺麗な準スイート。
パンフレットで見た料理も美味しそう。剣持金持ち、グッジョブ。
だがしかし、この時間からのレストラン、受付はとっくに終わっているという。
「ディナー・チケット、しょうがねぇからキャンセルしたよ」
悔しい事この上ない。部屋でベッドにダイブ(お約束)したら、ふかふか加減が絶妙で、うっかりしたら寝てしまいそう。眠気を吹き飛ばそうと、起き上がって冷蔵庫から水を取り出し、ごくごく飲んだ。
「で、結局何があったの」
ですよね。
あたしは、知りうる限りの出来事を、ここで沢村に話して聞かせた。
沢村は、アキちゃんとハルミの関係にはかなり驚いて、「てことは、古屋先生は一体どこまで知ってるんだろう」と悩んでいた。ヒデキなんかどうでもいいけど、あたし、明日からどうすりゃいいんだろう。
「とにかく1度、親とちゃんと話した方がいい」
どこまでも、ちゃんと……沢村らしい真面目な答えだ。
もう怒ってないみたいで、安心したけど。
気が付いたら、午前1時をまわっていた。
「風呂でも入ろうか」となった。ですよね。散々待たせてゴメン。
「荷物とか、もう色々とぐちゃぐちゃで。ちょっと整理しなきゃ」と、あたしが言うと、「じゃ俺、先でいい?」と沢村が風呂に向かった。
ワンピースを脱いでハンガーに掛ける。
バスローブって下着の上から?わかんないけど、そうやって着た。
のぞみちゃんから受け取った大学案内。試験の色々。
リュックから取り出してまとめていると、下から、折山ちゃんのチーズケーキの箱が出てきた。お腹はずっと、ぐーぐー鳴ってる。
後で沢村と一緒に食べよう。ちゃんと……やっぱり我慢できなくて、「味見♪」と称して、チーズケーキをちょっとつまんだ。絶品だ。
もうクリーミー過ぎて、神っ!
大学案内を眺めながら、これから先の受験を思いやった。
果てしなく落ち込む。2部を受けていたら今頃は、身も心も軽くなって、毎日がお祭り状態のはずだった。
まだ勉強?フザけんな。またそこから始めなきゃなのか。ハルミのやつめ。それと……彼氏・沢村についてのレポート。あれがマズイ。脅しのネタになってしまう。
はぁぁーとため息が漏れた。
考えたら最近は毎日忙しかった。ハルミの宿題もハードだった。
予定を考える隙も与えられてなかったのかもしれない。
すっかりやられた。
のぞみちゃん、あれ絶対、親と結託してたと思う。「あれぇー?言ってなかったっけ?」って、トボけんじゃねーよ!だった。
してやられた。右川カズミともあろう私が。
今日は散々、走った。喋った。怒った。気を失いそうにもなった。
そうこうしているうちに、チーズケーキ、沢村に取っておこうとしたはずが、殆どの量をぺろりと喰っちまったから、さぁ大変!
下手に欠片残すより、元から無かった事にしてしまえばいいと思って、あたしは残った欠片をすっかり平らげた。
ケーキの箱をリュックの1番下に押し込む。
もし沢村に訊かれたら、「あれぇー?学校に忘れちゃったかな?」とか何とか言って誤魔化せばいいや。のぞみちゃんのせいにしてやれ。
沢村はケーキの事なんかすっかり忘れちゃっているという事も、さもありなん。そういう場合、寝た子を起こすな。
ていうか。
……眠い。
マジで。
沢村が出てくるまでと、ちょっと横になった。
ベッドはいい匂いがする。アロマ?香水?
さすが剣持金持ち。ウォーターベッド……最高だ。
折山ちゃんが、うらやましい。
そこに突然、目の前に、何故か高級外車・BMWに乗って沢村が現れた。窓から顔を覗かせ、「親父が買ってくれた!」と言って喜んでいる。こっちは、「ハズい!そこに男としてのプライドはあるの!?」と叫んだ。
そして……目覚めた時、午前5時。
沢村は、ベッドの片隅、うずくまるようにして寝息をたてている。
……あのまま、あたしは寝堕ちしてしまったのか。
全身に鳥肌が立った。
ヤバい。これは、殺されるだけでは済まない気がする。
あたしは静かにベッドを抜け出した。
洗面所で顔だけ洗って、昨日のワンピースを着る。
抜き足差し足。
その時、沢村は突然起き上がった。もう目が血走っている。
一部始終が……バレている。
ゆうべ、あたしはすぐに爆睡。
さっき逃げようとした。もうケーキも消えた。
沢村は激怒した。
「何の説明も無しに黙ってどっか行くって、どういう神経してんの!何の連絡も無し。ケーキも無し。謝罪も無し」
いや、謝ったよ?
一体どっち謝ってんだ?!って、あんた責めたじゃん。もう忘れたの?
さすが、45♪……思うまま、それを言ったら恐らく血を見るな。
こっちは黙って罵られるしかない。ひたすら、ひたすら、謝った。
彼は言いたい事(説教)をブチ上げて、ブチ上げて、ブチ上げて、疲れきってそこから、「腹減った……」と虚ろになり、「9時から塾だから急がないと」と、そこからホテルの朝ご飯で大急ぎ、お互い、掻っ込んだ。
2人のクリスマス、時間切れが迫る。
チェックアウトまでの数分間、お互い一言も、口を利かなかった。
2人でベッドに横たわったまま、ただただ、呼吸を繰り返している。
朝ご飯は美味しくて、お腹一杯。ベッドは暖かくて、心地よくて、隣には沢村が居るし……このまま時間が止まればいいのに。
「行くか」
「うん」
部屋を出る時に、永いキスをした。あたしらって、こればっか。
だけど色んな意味で、忘れられないクリスマスになると思う。
沢村とは、駅で別れた。
その日、25日。街で賑やかなクリスマス・ソングを聞くのも、家に帰るのも、ただただ鬱陶しいと、当てもなく彷徨っていたら、ハルミからさっそく携帯で呼び出される。いつもの塾にハルミはいた。
「誰かと思った」と、あたしの装いを上から下まで眺めたと思ったら、
「その様子だと、ずいぶんお疲れね」と眼差しで疑ってかかる。
くくく、と笑ってやがるのだ。
「もうクリスマスどころじゃなかったよっ!」
ハルミは、口元は笑っていても、目ヂカラの強さは健在だった。
ぱちん、と手を叩いて、「はいはい」
「とりあえず、どこかに合格するまでは彼氏とデートはお預け。そんな余裕与えないわよ。色ボケしてる場合じゃないんだから。来月早速試験あるから、数学と英語と現代文と面接、この組み合わせで行けるところまで行きましょう。少子化で学生が少なくなってるから、あんたみたいな子でもどっか入れる。だからと言ってサボらせないわよ。もっと自分を追い込みなさい」
問題を10分で……また、ここから始まるのっ!?
ケンカ、説教、罵詈雑言、テスト、テスト、テスト……。
もう、散々なクリスマスだったっ!
『殺すぞ!絶対許さない!ふざけんな!さっさと来い!』
『何企んでるか知らないけど俺に中途半端な言い訳は通用しないから』
『とにかく連絡だけでもいいから、ちゃんとよこせ。それぐらいやれ』
『生きてんのか?あと30分待っても連絡無いときは家に電話するぞ』
『どうした?もう怒ってないから連絡ぐらいはしてこい』
『今、何処だよ。途中まで行くから』
ひっきりなしに沢村からメールが来ていた。
正直、第一声というか、一文目で返信する気が起きなくなる。
マジで殺されると覚悟した。
だけど、その時のあたしは、沢村にブッ飛ばされる恐怖よりも、自分に起こってしまった事の重大さと驚きの事実に頭を抱えていて。
曰く、
親はいつのまにかハルミ塾と繋がり、あたしを夜間ではない大学に入れるため、周囲と連携をとって暗躍していた。ハルミは最近、夫婦の新居を建て替えるからと銀行から金を借り、その時に親父が保証人になる。その恩返しの意味もあったようだ。
帰れない逃げられない辞められない、お金もらってるから。
まさにその言葉通り。
〝浅野ハルミ〟
これは職場での名前。結婚してすぐに名前を変えると色々面倒なので、旧姓でいる事は普通にある。しかし、本名は……もうお分かりだろう〝山下ハルミ〟だ。
のぞみちゃんの話を聞いてすぐ家に電話した。
受話器の向こうからは賑やかな宴会の音が聞こえる。我が家のクリスマスに、アキちゃんも……ハルミも?いるというから驚くぢゃないか!
そこで、あたしの受験の事の次第、アキちゃんとハルミの結婚の次第、その全貌を教えられた。
「さっき沢村くんから電話あったぞ。おじさんには内緒にしてあるからな」と、アキちゃんは、ころころと笑う。
(マジか!?あいつ、本当に掛けやがった!?)
軽く混乱して、言葉を失っているうち、そこで電話をハルミに替わった。
「そうゆう事だから」とか言われても、まだ納得いかない。
ハルミは何を食ってるのか、耳元から、くちゃくちゃと音がする。
「大体あなたのあのレベル、短期間で何とかなると本気で思ってたの?甘い甘い。ま、今日はとりあえず見逃してあげるから、また明日から頑張るんだよ。抵抗してもムダ。今どこで誰と何やってんだか、お父さんにチクるからね」
あはは!と笑った。
ていうか、酔ってんな。
鬼。悪魔。ハルミ。内緒にしてやると旦那のアキちゃんが言うんだから、夫唱婦随、従うのが妻の役目でしょ!あと、まだ何もしてないよ!
……言う前に電話は切られた。
午後10時を回った。
『連絡くれよ。マジで心配なんだけど。一体どこに居んの』
沢村からこんな最新メールが来ていて、これならもう怒ってないだろうと思い、『……さーせん』と恐る恐る、沢村に返信した。
『とにかく、来い』となる。
ハルミ公認で、のこのこ彼氏に会いに行くというのも正直気が引けたけど、とりあえずは剣持ホテルに向かった。
寒空の下、その玄関先で、沢村は待っている。
冬の装いでキメて、マフラーで顔の半分を隠したら、遠目では誰だか分からない。ちゃんと大人らしく見えた。2度見しなかったらスルーしていたかも。ホテルに来て見ると、エントランスは小さくても美しく、まるでどっかの美術館みたい。
剣持金持ちは〝グレードはそこそこ〟とか何とか上から目線でカマしてくれたらしいけど、通された部屋はと見れば、小綺麗な準スイート。
パンフレットで見た料理も美味しそう。剣持金持ち、グッジョブ。
だがしかし、この時間からのレストラン、受付はとっくに終わっているという。
「ディナー・チケット、しょうがねぇからキャンセルしたよ」
悔しい事この上ない。部屋でベッドにダイブ(お約束)したら、ふかふか加減が絶妙で、うっかりしたら寝てしまいそう。眠気を吹き飛ばそうと、起き上がって冷蔵庫から水を取り出し、ごくごく飲んだ。
「で、結局何があったの」
ですよね。
あたしは、知りうる限りの出来事を、ここで沢村に話して聞かせた。
沢村は、アキちゃんとハルミの関係にはかなり驚いて、「てことは、古屋先生は一体どこまで知ってるんだろう」と悩んでいた。ヒデキなんかどうでもいいけど、あたし、明日からどうすりゃいいんだろう。
「とにかく1度、親とちゃんと話した方がいい」
どこまでも、ちゃんと……沢村らしい真面目な答えだ。
もう怒ってないみたいで、安心したけど。
気が付いたら、午前1時をまわっていた。
「風呂でも入ろうか」となった。ですよね。散々待たせてゴメン。
「荷物とか、もう色々とぐちゃぐちゃで。ちょっと整理しなきゃ」と、あたしが言うと、「じゃ俺、先でいい?」と沢村が風呂に向かった。
ワンピースを脱いでハンガーに掛ける。
バスローブって下着の上から?わかんないけど、そうやって着た。
のぞみちゃんから受け取った大学案内。試験の色々。
リュックから取り出してまとめていると、下から、折山ちゃんのチーズケーキの箱が出てきた。お腹はずっと、ぐーぐー鳴ってる。
後で沢村と一緒に食べよう。ちゃんと……やっぱり我慢できなくて、「味見♪」と称して、チーズケーキをちょっとつまんだ。絶品だ。
もうクリーミー過ぎて、神っ!
大学案内を眺めながら、これから先の受験を思いやった。
果てしなく落ち込む。2部を受けていたら今頃は、身も心も軽くなって、毎日がお祭り状態のはずだった。
まだ勉強?フザけんな。またそこから始めなきゃなのか。ハルミのやつめ。それと……彼氏・沢村についてのレポート。あれがマズイ。脅しのネタになってしまう。
はぁぁーとため息が漏れた。
考えたら最近は毎日忙しかった。ハルミの宿題もハードだった。
予定を考える隙も与えられてなかったのかもしれない。
すっかりやられた。
のぞみちゃん、あれ絶対、親と結託してたと思う。「あれぇー?言ってなかったっけ?」って、トボけんじゃねーよ!だった。
してやられた。右川カズミともあろう私が。
今日は散々、走った。喋った。怒った。気を失いそうにもなった。
そうこうしているうちに、チーズケーキ、沢村に取っておこうとしたはずが、殆どの量をぺろりと喰っちまったから、さぁ大変!
下手に欠片残すより、元から無かった事にしてしまえばいいと思って、あたしは残った欠片をすっかり平らげた。
ケーキの箱をリュックの1番下に押し込む。
もし沢村に訊かれたら、「あれぇー?学校に忘れちゃったかな?」とか何とか言って誤魔化せばいいや。のぞみちゃんのせいにしてやれ。
沢村はケーキの事なんかすっかり忘れちゃっているという事も、さもありなん。そういう場合、寝た子を起こすな。
ていうか。
……眠い。
マジで。
沢村が出てくるまでと、ちょっと横になった。
ベッドはいい匂いがする。アロマ?香水?
さすが剣持金持ち。ウォーターベッド……最高だ。
折山ちゃんが、うらやましい。
そこに突然、目の前に、何故か高級外車・BMWに乗って沢村が現れた。窓から顔を覗かせ、「親父が買ってくれた!」と言って喜んでいる。こっちは、「ハズい!そこに男としてのプライドはあるの!?」と叫んだ。
そして……目覚めた時、午前5時。
沢村は、ベッドの片隅、うずくまるようにして寝息をたてている。
……あのまま、あたしは寝堕ちしてしまったのか。
全身に鳥肌が立った。
ヤバい。これは、殺されるだけでは済まない気がする。
あたしは静かにベッドを抜け出した。
洗面所で顔だけ洗って、昨日のワンピースを着る。
抜き足差し足。
その時、沢村は突然起き上がった。もう目が血走っている。
一部始終が……バレている。
ゆうべ、あたしはすぐに爆睡。
さっき逃げようとした。もうケーキも消えた。
沢村は激怒した。
「何の説明も無しに黙ってどっか行くって、どういう神経してんの!何の連絡も無し。ケーキも無し。謝罪も無し」
いや、謝ったよ?
一体どっち謝ってんだ?!って、あんた責めたじゃん。もう忘れたの?
さすが、45♪……思うまま、それを言ったら恐らく血を見るな。
こっちは黙って罵られるしかない。ひたすら、ひたすら、謝った。
彼は言いたい事(説教)をブチ上げて、ブチ上げて、ブチ上げて、疲れきってそこから、「腹減った……」と虚ろになり、「9時から塾だから急がないと」と、そこからホテルの朝ご飯で大急ぎ、お互い、掻っ込んだ。
2人のクリスマス、時間切れが迫る。
チェックアウトまでの数分間、お互い一言も、口を利かなかった。
2人でベッドに横たわったまま、ただただ、呼吸を繰り返している。
朝ご飯は美味しくて、お腹一杯。ベッドは暖かくて、心地よくて、隣には沢村が居るし……このまま時間が止まればいいのに。
「行くか」
「うん」
部屋を出る時に、永いキスをした。あたしらって、こればっか。
だけど色んな意味で、忘れられないクリスマスになると思う。
沢村とは、駅で別れた。
その日、25日。街で賑やかなクリスマス・ソングを聞くのも、家に帰るのも、ただただ鬱陶しいと、当てもなく彷徨っていたら、ハルミからさっそく携帯で呼び出される。いつもの塾にハルミはいた。
「誰かと思った」と、あたしの装いを上から下まで眺めたと思ったら、
「その様子だと、ずいぶんお疲れね」と眼差しで疑ってかかる。
くくく、と笑ってやがるのだ。
「もうクリスマスどころじゃなかったよっ!」
ハルミは、口元は笑っていても、目ヂカラの強さは健在だった。
ぱちん、と手を叩いて、「はいはい」
「とりあえず、どこかに合格するまでは彼氏とデートはお預け。そんな余裕与えないわよ。色ボケしてる場合じゃないんだから。来月早速試験あるから、数学と英語と現代文と面接、この組み合わせで行けるところまで行きましょう。少子化で学生が少なくなってるから、あんたみたいな子でもどっか入れる。だからと言ってサボらせないわよ。もっと自分を追い込みなさい」
問題を10分で……また、ここから始まるのっ!?
ケンカ、説教、罵詈雑言、テスト、テスト、テスト……。
もう、散々なクリスマスだったっ!